上田ではなぜ、住民の信頼を獲得できたか

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 薬剤師の仕事は、医師と患者と薬剤師がつくる三角形の中にある。"上田ではなぜ?"第1回では医師と薬剤師(→関連記事)、第2回では薬剤師会と会員薬局の関係をみた(→関連記事)。今回は、患者=地域住民との関係性を考える。かかりつけ薬剤師・薬局、健康サポート薬局、後発医薬品使用促進といった政策は、国民の理解と納得がなければ一歩も進まないが、実はそこが最も遅れているとも言われている。上田では、いかに住民に薬剤師の役割を認知させたのか。薬剤師会の取り組みを聞く。

 上田ではチェーンの調剤薬局やドラッグストアがなかなか定着しないという。上田薬剤師会に加盟する会員薬局がしっかり地域に根付いているためだが、そうした住民からの信頼はなぜ生まれたのか。さらに、上田薬剤師会は地域住民のヘルスリテラシー向上を自らの使命と考えている。会長の飯島康典氏に話を聞いた。

【目次】

◆住民が薬局に求めるのは利便性だけか?
◆年間6,000人の生徒が薬剤師の授業を聞く!
◆講演会、PR記事、有線放送、高原での交歓会
◆薬剤師から発信することで職能を理解させる
◆医療のファーストアクセスは保険薬局!

住民が薬局に求めるのは利便性だけか?

 2016年、病院の敷地内に薬局を設けるいわゆる門内薬局が限定的に認められた1)。「"門前"から"かかりつけ"ヘ、そして"地域"へ」という厚労省のビジョンに矛盾するようなこの動きについて、飯島氏は「利便性だけで言えば、門内薬局はいいことだ」とする。しかし、門前薬局や門内薬局は基本的に調剤業務に追われるので、服薬指導や残薬管理にはなかなか力を注げないだろう。OTCを含む健康相談や在宅活動についてはなおさらだ。その点が逆にチャンスだと、同氏は考える。「肝心なのは、利便性を超えた価値を薬局が生み出せるかどうかだ」。

 利便性だけで薬局を語るなら、重要なのは迅速な処方薬の受け渡しと価格、あとは十分な広さの駐車場だけになってしまう。これではコンビニやスーパーマーケットと同じで、命に携わる専門職の仕事ではない。国が政策で医薬分業を推進してきたにもかかわらず、薬剤師・薬局がそこで示すべき絶対価値の追求をしてこなかったツケが回っているのが現状だ。規制緩和によって処方箋調剤を誰もができる業務にしてしまうのか、薬剤師の専門性が求められる仕事として位置づけ直すのかが問われている。そこでは、薬剤師の役割とその意義を住民がきちんと理解していることが前提となる。上田薬剤師会が住民への働きかけを大事にし、長年続けてきたのはこのためだという。

1)2016年10月より薬局と医療機関の独立性をめぐる規制が一部緩和され、医療機関の敷地内に薬局を開設する門内薬局が解禁された

年間6,000人の生徒が薬剤師の授業を聞く!

 学校薬剤師による学校での啓発活動は、近年、各地で行われるようになった。しかし、この取り組みを全国に先駆けて実施したのが上田である。きっかけは、1987年に飯島氏が母校である長野県立上田高校で薬物乱用防止の授業を行ったこと。これが他の学校薬剤師の意識を変え、それぞれの担当校に広がった。2015年度は、69の小、中、高校の約6,000人を対象に、タバコ、シンナー、危険ドラッグ、アルコールなどに関する授業がなされている。

 1コマとはいえ、素人が子ども相手の授業を組み立てるのは容易ではない。教案を考え、教材を作り、仲間の前で模擬授業を行った上で教壇に立つという。担当薬剤師1人では全クラスに対応できない学校もあり、会員全体に講師を呼びかけるため、2015年度の講師は延べ47人に上った。30年間継続できたのは、こうした活動を薬剤師会が重要な任務と位置づけ、会全体で取り組んできたためだろう。  

 取り組みの結果、上田で育つ児童・生徒は小、中、高校で何度も薬剤師の話を聞くことになる。そして、それが思わぬ副産物をもたらした。薬剤師を目指す学生が増えたのだ。薬剤師が自ら積極的に発信し、"顔の見える存在"となった結果かもしれない。

講演会、PR記事、有線放送、高原での交歓会

 むろん、大人への働きかけも忘れてはいない。地域の自治会や老人クラブが開く健康教室には、会として講師を派遣する。「薬と薬草」「お薬手帳の必要性」といったテーマで、毎年10回程度、講演を行うという。

 2013年からは毎月1回、上田薬剤師会発「薬剤師のちょっと薬(やく)に立つお話」を地域紙に掲載している(図1)。A4判1pのPR記事だが内容はかなり充実している。"子どもとお薬あるある"では、「一度飲んだ薬をもどしてしまった」「坐薬の入れ方のコツ」等のお役立ち情報が紹介され、"今月のTOPICS"では「引っ越し先にもお薬手帳を持っていきましょう」、「薬歴って大事なんです」といった薬物療法のリテラシーに関わる内容が取り上げられる。薬局の時間外対応や認定基準薬局を説明する記事もあり、会の活動を広報している。想像以上に読者からの反響が大きく、薬に関する読者からの質問に答えるコーナーも設けられたという。

図1 薬剤師のちょっと薬(やく)に立つお話

 また、地域ラジオを使ったユニークな情報発信もある。月1回、JAうえだ有線放送とJA丸子有線放送で放送される「薬と健康講座」だ。会の薬剤師が、花粉症や熱中症、ノロウイルス等の季節のトピック、OTC医薬品や禁煙補助薬について解説している(表1)。

表1 2015年度のJAうえだ有線放送とJA丸子有線放送「薬と健康講座」

 さらに毎年7月には、菅平高原で"薬草・ハーブに親しむ会"を開いている。自然の中で行う住民と薬剤師の交歓会で、薬局にポスターを貼って参加を呼びかける。35回を数えた昨年は約200人の参加者を集めた。

薬剤師から発信することで職能を理解させる

 「講演会に来てくれるのは、暇な年寄りばかり」。医療の啓発活動に関わる人からよく聞く愚痴だが、多忙な住民の緊急の相談には、薬剤師会の地域薬剤情報センターが対応している。2015年度は921件の問い合わせがあったという。うち半数は地域住民からで、「漢方の4種併用は問題ないか」、「授乳中の鎮痛薬について」「変形性膝関節症は手術すべきか」といった、薬や病気に関する質問が寄せられているそうだ。

 さらに、緊急性の高い相談窓口としては中毒110番がある。これは誤飲についての問い合わせで、2015年度は80件あった。このうち、さまざまな医薬品の誤飲は48件、タバコ関連が15件で、文具や玩具、家庭用品や化粧品、洗剤や殺虫剤のケースもあった。電話番号は上田市の赤ちゃん手帳に載っており、週7日、朝6時から深夜0時まで受け付けているという。

 これらの取り組みの手応えについて飯島氏に問うと、「大事なのは継続性だ」。有線放送などは何度放送してもいいし、講演でも飽きずに同じことを繰り返し話せばいい。「意外に薬剤師の役割を理解していない」一般の人々に、薬剤師を身近に感じてもらうこと、薬剤師の職能を理解してもらうことには大きな意義がある。そして同氏は、住民が自ら「健康って何?」「年を取るってどういうこと?」と考えてもらえるきっかけを作ることが、ヘルスリテラシーの入り口だと考えている。

医療のファーストアクセスは保険薬局!

 冒頭に、上田ではチェーンの調剤薬局やドラッグストアがなかなか定着しないと述べた。上田でも医療機関の門前に調剤チェーンが出店した例は何度もあるが、撤退するケースが少なくない。なぜなのか。

 上田では面分業が常識なので、近隣に住む人々は受診した診療科のあらゆる処方箋を持ち込むが、特定医療機関に特化した門前薬局のビジネスモデルでは、まず品揃えが間に合わない。また、隣接医院に合わせた薬局の開局時間も、薬剤師会による24時間365日の処方箋対応に慣れた上田の住民には歓迎されない。

 そして上田では、体の不調を感じたとき、いきなり医者に行く人は稀で、まず薬局で相談することが普通だという。まさに、健康サポート薬局に期待されるファーストアクセス機能だが、これは薬剤師会がかねて「薬剤師による軽医療マネジメント」を重視してきた成果かもしれない。軽医療マネジメントとは、軽い症状について患者がセルフケアで対応すること。薬剤師は、症状を聞いて薬を使わない、OTC医薬品を勧める、受診勧告するといった臨床判断を行い、セルフケアをサポートする。この点から上田の薬局は、OTC医薬品や医療材料、衛生用品、介護用品を地域の実状に合わせた品揃えで充実させている。「本来、薬は薬剤師と相談することで、安心して購入し、安全に使用するもの」。OTC医薬品を含め患者のセルフケアをしっかりサポートできれば、住民から選ばれる薬局となる。飯島氏のこの見解、読者にはどのように響くだろうか。

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