山田悟Dr's Eyeが見た糖尿病10年史
ベスト10記事はこれだ
2018年04月20日 06:15
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はじめに:大きな転換の時代、治療シーンが様変わり
私がMedical TribuneのDoctor's Eyeを担当して最初に取り上げた研究がONTARGET(N Engl J Med 2008; 358:1547-1559「ONTARGET;糖尿病医から見た史上最大規模のARB試験」)であり、2008年4月のことであった。それから10年が経過し、これまでに月2件ずつ、およそ240件の論文を紹介してきた。
この10年は(おそらく多くの領域にとってそうであろうが)糖尿病学の大きな転換の時代であり、インクレチン関連薬やSGLT2阻害薬の登場により治療シーンが大きく様変わりしたと思う。そこで、私なりに印象に残る10本の論文と記事(Doctor's Eye)を食事、運動、薬物療法、新規技術の順で取り上げながら、関連する論文と記事も織り交ぜ、この10年を振り返りたい。そして、歴史学者が後ろ向きの預言者といわれるように、歴史を振り返ることで見えてくる、これからの展望についても言及してみたい。
編集部注:文末に、2008年4月~18年3月に掲載した山田悟氏の全Doctor's Eyeを一覧表示しています
①食事療法<1> 糖質制限食の躍進
DIRECT試験(N Engl J Med 2008;359:229-241)
体重コントロールに対する低炭水化物食や地中海食の意義
DIRECT試験は、肥満など心血管疾患高リスクのイスラエル人を①脂質制限食かつカロリー制限②地中海食かつカロリー制限③糖質制限食(カロリー無制限)―の3群にランダム化割り付けした2年間の介入試験である。
結果として、体重減量、脂質異常症、HbA1cの改善のいずれにおいても糖質制限食が優れることを示した。この論文は脂質制限がなんらかの健康上の利益をもたらすとしてきた世界の栄養学を大転換させ、現在までの糖質制限食の躍進の原動力となり、英国糖尿病学会や米国糖尿病学会(ADA)のガイドラインでの糖質制限食の採用に大きな影響を与えた。
こうしたガイドラインでの採用に前後して、わが国も含めて世界各地で追試験が行われ※1、※2、メタ解析※3、※4においてもその有効性が繰り返し確認されてきた。糖質制限食の血糖管理や体重管理に対する有効性に否定的な見解を持つ医師はもはやいないであろう。今後、早期に日本糖尿病学会のガイドラインに採用されるよう、努めねばなるまい。
- ※1Intern Med 2014;53:13-19 日本人でも糖質制限食は有効−初のRCT
- ※2Clin Nutr 2017;36:992-1000 「日本人でも糖質制限食は有効」再び
- ※3 Am J Clin Nutr 2013;97:505-516 糖尿病食事療法は多様な選択肢の時代に
- ※4 Eur J Epidemiol 2018;33:157-170 2型糖尿病の血糖管理に最善の食事療法は?
- 編集部注:原著論文、関連するDoctor's Eyeの順に記載(以下、同様)
②食事療法<2> カロリー制限食の衰退
日本女子大学試験(Br J Nutr 2014;111:1632-1640)
和食の主食・主菜・副菜という構成には意味がある
糖質制限食が躍進する間に衰退したのがカロリー制限食である。2008年当時は、糖尿病治療におけるカロリー制限食に異議を唱える医師はほとんどおらず、抗加齢作用にも期待を抱く人が多かった。しかし、2014年に報告された日本女子大学のデータは、糖質以外の栄養素の摂取によって、糖質摂取による血糖上昇にブレーキがかかることを明確に示しており、脂質や蛋白質の摂取に制限をかけるカロリー制限食が血糖管理に対して不利であることを明らかにした。
このことは、以前からオーストラリアのグループにより示されていたが、その後、米国※5やイスラエル※6のグループによっても確認されている。また、カロリー制限食による抗加齢作用についても一時はアカゲザルにおいて証明されたかのように思われたが※7、その後は否定的なデータも出ており※8、むしろ筋肉や骨に対する加齢促進作用がヒトでも疑われている※9。
とはいえ、カロリー制限食をいきなり日本糖尿病学会のガイドラインから外すことは社会的に乱暴である。現在の「糖尿病診療ガイドライン2016」において、カロリー制限食の目的が「血糖管理」ではなく「肥満解消」にあると明記され、カロリー制限食には直接的な血糖改善作用がないことが示されていることは重要な一歩といえよう。
- ※5Diabetologia 2014;57:1807-1811 蛋白質も食後の血糖上昇を抑制する
- ※6Cell 2015;163:1079-1094 食後血糖値を予測するプログラム
- ※7Science 2009;325:201-204 カロリー制限は霊長類においても寿命延長法なのか?
- ※8Nature 2012;489:318-321 それでもカロリー制限食は長寿食!? 最新研究には3つの問題点
- ※9Diabetes Care 2014;37:2822-2829 カロリー制限食の安全性神話に暗雲
③運動療法<1> 運動でなく身体活動でよい
レスター大学試験(Diabetes Care 2016;39:130-138)
立っているだけで血糖が低下!
この10年間で運動療法については2つの方向性で大きく進展したと思う。1つには、運動のように組織だったものでなくとも、じっとしていないことが血糖管理に有効だということである。
英・レスター大学の研究では、7.5時間座りっ放しに比較して、25分座っては5分立っているだけを繰り返している方が食後の血糖上昇を抑制できることを示した。これは、まさにじっとしていないことの大切さを示したものであろう。
これ以外にも、ゆったりウォーキングでも血糖上昇を抑制できることを示した論文※10や電気的筋肉刺激の有効性を示す論文※11も出ている。ささいな努力でも、それ相応の効果があることは、十分な運動の時間を取れない多くの現代人に知っていただかねばなるまい。
- ※10 Diabetes Care 2012;35:2493-2499 予想以上! ゆったりウオーキングの血糖への急性効果
- ※11 Diabetes Technol Ther 2015;17:413-419 深夜の通信販売もあなどれない?!
④運動療法<2> 運動の作用機序解明が進む
オタワ大学試験(Diabetes Care 2012;35:669-675)
筋トレが先か,有酸素運動が先か,それが問題だった
もう1つは、なぜ運動が血糖管理も含めて健康増進・疾病予防・疾病治療に役立つのかという機序が分かるようになり、どのような運動がより安全で、より有効かが見えてきたということである。
1型糖尿病患者ではインスリン注射が必須であるだけに、運動に伴う低血糖の予防が大切である。カナダ・オタワ大学の研究は、筋トレを先にやって、後から有酸素運動をする方が、低血糖リスクを低減させながら、翌日までの血糖管理を改善させやすいことを示した。この機序としては、筋トレ中に脂肪酸を動員できることで、有酸素運動中の血糖の利用を軽減するからであることが示唆されている。
また、この10年の間に、運動によって分泌されるマイオカイン(筋肉由来のホルモン様物質)がインスリン分泌や認知機能にも関わることが分かってきたり※12、運動前後での低血糖予防のための細やかなインスリン投与の調整法についても知見が得られたりしている※13。
正確な運動療法の機序を知ることにより、安全に強度の高い運動を実施してもらい、より大きな有効性を得られるようになる。こうした運動についての基礎的な研究も、もっと推し進められていくであろう。個人的にはケトン体サプリメントに強い関心を抱いている※14。
- ※12 Diabetes Care 2013;36:638-644 衝撃! 身体活動量はβ細胞機能にも影響?!
- ※13 Diabetes Obes Metab 2015;17:1150-1157 なぜ脂質摂取で1型糖尿病患者の血糖が上昇するのか?
- ※14 Cell Metab 2016;24:256-268 ケトン体サプリメントで持久力が向上
⑤血糖管理 "低血糖を起こさない範囲でより厳格に"が定着
ACCORD試験、ADVANCE試験など(N Engl J Med 2008;358:2545-2559 & 2560-2572)
「血糖管理を厳格にすべきか,標準的にすべきか」それは本当に問題だろうか
2008年は有名なACCORD試験が報告された年である。同年2月に死亡率上昇を理由に同試験の血糖厳格管理が打ち切りになったことが報告された直後に、このDoctor's Eyeは開始されており、何回かACCORD試験、あるいは同様の目的で実施され同じ号のN Engl J Medに掲載されたADVANCE試験(さらには、翌年N Engl J Medに発表されたVADT試験※15)を取り上げてきた。
これらの臨床試験の結果は、"厳格血糖管理は低血糖を起こさない限りにおいて合併症予防に有効である。しかし、低血糖を起こせば有害となりうる"といった現在の血糖管理の概念に直接つながっている※16。
わが国において、熊本宣言や日本糖尿病学会と日本老年医学会の「高齢者糖尿病治療ガイド」などにおいて、それまでの"HbA1cは低ければ低いほどよい"から、"患者ごとに安全に達成できる血糖管理目標を設定すべき"という概念に転換したのも、そうした世界的な流れの一環である。今後、この概念が変更されることはないと思われ、いかに低血糖を起こさずにより厳格な血糖管理を求めるかの努力が続けられよう。
その点、わが国のJ-DOIT3試験で、既存のACCORD、 ADVANCE、 VADT試験に比べて圧倒的に低血糖が少なかったことは、日本の糖尿病医として誇るべきことであると感じている。
- ※15 N Engl J Med 2009;360:129-139 退役軍人糖尿病試験(VADT)が示す血糖コントロールと合併症とのもつれた関係
- ※16 Ann Intern Med 2018年3月6日オンライン版 HbA1c管理目標に関する衝撃の声明
⑥薬物療法<1> 糖尿病治療薬に発がんの疑い浮上
Hemkensらの報告(Diabetologia 2009;52:1732-1744)
インスリン製剤の発がん性問題に答える
ACCORD試験の後、世界は積極的な糖尿病治療で患者が有害な影響を被っているかどうかに強い関心を示すようになった(と思う)。その流れの中で生じた(と思う)のが、2009年のインスリングラルギンによる発がん騒動である。
(遺伝子組み換えによる)インスリンアナログ製剤が世に登場して10年が経過した中、IGF-1受容体への結合率が高いことから、特にインスリングラルギンに対する懸念が高まったのであろう。もし、このドイツからのインスリングラルギンによる発がんの報告に対して、欧州糖尿病学会(EASD)が漫然と論文を掲載するだけであったなら、おそらく世はパニックになっていたであろう。その折、(通常はありえない、あるいはやってはいけない対応だと思うが)EASDはあえて他国の研究者たちにその情報を事前に開示し、同様の解析をさせた上で全ての論文を同じ号に掲載するという計らいをした。このEASDの対応が、パニックを防いでくれた。極めて賢明な判断だったと思う。
この疑惑は、後にORIGIN研究によって払拭されたが、同様にチアゾリジン薬による発がんの疑い※17、インクレチン関連薬による発がんの疑い※18と、糖尿病治療薬による発がん問題はその後も尾を引いた。わが国では、2013年の日本糖尿病学会・日本がん学会の合同声明の後、ようやく最近になってこうした懸念が薄らいだように感じる。
- ※17 英文publicationなし 「ピオグリタゾンの膀胱がんリスク」を考察する
- ※18 Gastroenterology 2011;141:150-156 インクレチン関連薬の膵炎・腫瘍への有害性を注視せざるをえない
⑦薬物療法<2> SGLT2阻害薬が臓器保護効果を示す
EMPA-REG OUTCOME試験(N Engl J Med 2015;373:2117-2128)
糖尿病治療薬の新時代―EMPA-REG OUTCOME試験発表!
2008年のACCORD試験による厳格血糖管理群での死亡率上昇のショックは、糖尿病医をして、自分たちのやっている医療が真に患者の役に立っているのだろうかという疑問・不安を生じせしめた。
そんな中、糖尿病医に自信を取り戻させてくれたのがEMPA-REG OUTCOME試験である。その後の腎臓に関する論文も含め※19、この試験では、たった3年ほどの介入期間において血糖・体重・血圧・脂質の改善、心血管イベント・腎イベントの予防、そして総死亡率の有意な低下が示された。糖尿病医が考えてきた糖尿病治療の方向性は正しいものと思わせしめてくれたのである。CANVAS Program※20においても同様の結果が示されたことで、その自信はさらに深まった。
一方で、今後は、糖尿病由来でない慢性腎臓病の進展予防や、糖尿病を合併していない心不全患者の進展予防に対するSGLT2阻害薬の意義が問われてこよう。すなわち、臓器保護に対して、糖尿病治療が大切なのか、それともSGLT2阻害が大切なのかが未解決なのである。
- ※19 N Engl J Med 2016;375:323-334 SGLT2阻害薬の臓器保護効果に驚くべき仮説
- ※20 N Engl J Med 2017;377:644-657 これでSGLT2阻害薬の心腎保護効果は確定
⑧薬物療法<3> DPP-4阻害薬に心血管保護効果はないのか?
SAVOR-TIMI53試験など(N Engl J Med 2013;369:1317-1326 、 1327-1335)
DPP-4阻害薬の夢,破れる?
一方、今なお糖尿病医の喉の奥に魚の骨のように刺さっている問題がDPP-4阻害薬による心血管イベント抑制の問題である。
これまで、SAVOR-TIMI53、EXAMINE、そしてTECOS試験※21が報告されているが、いずれも前述のSGLT2阻害薬や一部のGLP-1受容体作動薬※22と異なり、心血管イベント抑制効果を示せていない。あるいは、心不全の新規発症を増やす可能性すら示されている。
近いうち(今年から来年前半くらい)に報告されるであろう、CARMELINAあるいはCAROLINA試験の結果を注視したいところである。
- ※21 N Engl J Med 2015;373:232-242 がっかり半分、ほっとが半分・・・TECOS試験ついに発表
- ※22 N Engl J Med 2016;375:311-322 「インクレチン薬で初」はなぜ達成されたのか
⑨新規技術<1> 完全自動化治療への夢実現に前進
MD-Logic Artificial-Pancreasプロジェクト(N Engl J Med 2013;368:824-833)
1型糖尿病治療の革命? 完全クローズドループシステム
食事・運動・薬物療法といった一般的な糖尿病治療とは独立して、血糖値を見える化することも糖尿病治療になるといわれている。物事を見える化することは、何においても管理を容易にするために重要な要素だからである。故に、臨床糖尿病学の分野では、昔から自己血糖測定の重要性がいわれていた。しかし、自己血糖測定ではある時点における点としての血糖値しか測定できないため、例えば就寝中の低血糖を見いだすことは不可能に近かった。
そんな中で発達してきたのが、持続血糖モニタ―(CGM)である。これにより、24時間での線としての血糖変動が把握できるようになった※23。さらに、自己血糖測定による較正の不要なフラッシュグルコースモニタリング(FGM)も登場して、より簡便に血糖値が把握できるようになりつつある※24。
そして、その測定された血糖値を基に、自動的にインスリン投与量を調節するインスリンポンプシステムがclosed loop system(あるいはartificial pancreas system)である。このMD-Logic Artificial-Pancreasプロジェクトのデータは、糖尿病キャンプにおいて1型糖尿病の子供たちの夜間の血糖を安定化させるのに有効であったことを示したものである。その後、他の研究グループのプロジェクトも含め、現在までに日常における臨床試験が行われ、有効性が確認されていると聞く。近い将来において普及してくるものと期待されている。
ことによると、1型糖尿病を発症した子供たちであっても、その機器さえ装着しておけば、血糖値の測定やインスリン注射量の計算などを全くしないで血糖管理を安全に行えるという日が来るのかもしれない。
- ※23Diabetes Care 2009;32:1378-1383 持続的ブドウ糖モニターの臨床的有効性
- ※24 J Endocrinol Invest 2016;39:1391-1399 2017年、血糖測定新時代の幕開け
⑩新規技術<2> 内科治療を圧倒する代謝肥満手術
STAMPEDE試験(N Engl J Med 2014;370:2002-2013)
内科治療の敗北? 肥満手術は長期効果のある優れた糖尿病治療
もう1つ、この10年で発達してきた技術が代謝肥満手術であろう。STAMPEDE試験は米・クリーブランドクリニックやブリガム・ウィメンズ病院のグループが実施している代謝肥満手術の治療成績を経時的に見たもので、(内科医としては悔しいことに)手術群の方が内科治療群よりも圧倒的に治療成績が良い。これは、世界各国の他のデータもそうである。
2018年1月16日号のJAMAには複数の代謝肥満手術の治療成績が掲載されているが、その中のある論文では総死亡率の低減まで示されている。また、2014年7月号のObes Surgには非肥満(BMI<30)の糖尿病患者に対する代謝肥満手術が血糖改善に有効であったとする韓国のグループの論文が掲載されている。重度の肥満合併糖尿病はおろか、非肥満糖尿病までもが内科疾患から外科疾患に変わる可能性が示されているわけである。
個人的には非肥満糖尿病までもが外科疾患になるとは思わないが、将来的にはもっと代謝肥満手術は適応が拡大され、高濃度のグレリンによってあがらうことができずに過食になっているような患者に対しては、一般的な(それも早期に行うべき)治療になるべきであろう。
◇
以上、この10年間で印象に残っている論文と記事(Doctor's Eye)を紹介し、周囲の論文と記事も引用しながらその背景について振り返り、そこから見える将来を展望してみた。あらためてこの10年で臨床糖尿病学が大きく変動してきたことを実感する。しかし、目の前の糖尿病患者が完全に救われているわけではなく、今日も数日のうちに足趾切断をすることになる40歳代男性を診察したところである。これからの10年でも、もっと多くの患者が幸せな人生を維持・向上できるよう、ますます臨床糖尿病学は変わっていかねばなるまい。
2010年10月5日のrosiglitazoneの論文紹介(rosiglitazone問題総括:糖尿病治療薬の安全性を考える)において述べたことではあるが、「臨床医の研究は患者を守る盾となり、真理を照らす灯となる」の概念を胸に、私自身もその変革の一助となりたいものである。
山田悟氏のDoctor's Eye 全記事(2008年4月~2018年3月)
22名の先生が役に立ったと考えています。