症例報告:ロシア・反体制派の暗殺未遂
西伊豆健育会病院病院長 仲田 和正
2021年02月08日 11:15
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Lancet(2021; 397: 249-252)の症例報告を何げなく見て仰天しました。なんと昨年(2020年)8月に暗殺されかかったロシアの反体制派指導者アレクセイ・ナワリヌイ氏のベルリン・シャリテ(Charité)病院からの治療経過報告だったのです。
事件に使われた毒物は1980年代に旧ソビエト連邦で開発された有機リン系の神経剤(nerve agents)ノビチョクであることが確定されました。有機リン系農薬(マラソン、スミチオン、オルトラン)やオウム真理教のサリン、金正男殺害に使われたVXと似たような毒物です。有機リン系農薬は小生もバラ栽培で普通に使っております。農薬なしでまともなバラはできません。
有機リン系農薬中毒対処でも大変役に立つ症例報告だと思いましたのでまとめてみました。凄まじい迫力の症例報告でした。ノビチョク中毒はロシアから英国へ亡命した情報機関員セルゲイ・スクリパル親子の2018年殺害未遂をはじめ過去5件ありロシアのスパイによると思われます。ノビチョク中毒の詳細報告はこの症例が世界初です。
ナワリヌイ氏はノビチョク中毒から完全回復し先日ドイツからロシアに帰国しましたが空港で逮捕されました。関連リンク1は英国放送協会(BBC)の今年1月17日、Navalny氏のモスクワ・シェレメチェボ空港で逮捕されたニュースです。当初、ドモジェドヴォ空港に着陸予定でしたが、ナワリヌイ氏の支持者数千人が待ち受けていたため、当局が急遽空港を変更したのです。しかしBBCの記者もこの飛行機に同乗していたのは当局の誤算でした。
Lancetでこれだけ大々的に症例報告されてしまってはロシアも隠しようがありません。しかし「知らぬ存ぜぬ」で押し通すことは間違いありません。Lancet本社はロンドンにあります。小生ロンドンに行ったとき本社を遥拝してこようと思ったのですが行きそびれました。
2018年のN Eng J Medに「化学兵器攻撃の症状確認(Toxidrome Recognition in Chemical-Weapons Attacks)」の総説がありました。 オウム真理教のサリンに対し警視庁、自衛隊がいかに対処したかもまとめてありますので、ぜひお読みください(関連リンク2)。
上記総説の最大のポイントは「毒物の確定には時間がかかる。3種類の毒物(神経剤、窒息剤、麻薬)のみは解毒剤があるので、症状だけで即座に治療を開始せよ。遅れると死亡する」ということです。
縮瞳するのは神経剤(有機リン系のサリン、VX、ノビチョク)と麻薬の2つ、散瞳は抗コリン薬かボツリヌスです。 解毒剤のある毒物は次の3つのみ、症状だけで即座に治療開始です。
・神経剤(サリン、VX、ノビチョク):縮瞳、分泌増加、痙攣、呼吸抑制!硫酸アトロピン、プラリドキシムヨウ化メチル(PAM)を
・窒息剤(シアン):呼吸抑制、あえぎ、痙攣(騒々しい)!シアノキット(ビタミンB12)、デトキソールで解毒
・麻薬:縮瞳、呼吸抑制+鎮静!あえぎや痙攣なく静か!
ナロキソンで解毒 要暗記です!(そう遭遇しなくね?と妻の突っ込みあり。)
神経剤ノビチョク中毒要点は下記7点です。
- 44歳男性、嘔吐、昏睡、ミオクローヌス、流涎、発汗で発症、有機リン系中毒と推定
- 当初徐脈、低体温、瞳孔拡大→以後縮瞳、ミオクローヌス、ガス交換は良好
- 来院時昏睡、徐脈、流涎、体温↓発汗、縮瞳、ChE↓Amy↑lipase↑troponin↑Na↑
- ChE低下から重症ChE阻害と診断、 obidoxime 24h(PAM類似)、アトロピン10日使用
- 筋に電気刺激1回で反復反応(ミオクローヌス)、ChEは正常値以下でプラトー、血漿で正常に
- 胸部異常なし、12日目自発呼吸、24日目離脱。33日目退院。神経精神正常
- 神経剤診断はChE低下が唯一の確定検査。自発呼吸開始は赤血球ChE30%で
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