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「ママドクターの会」を主宰する大西由希子さん

3児の母、糖尿病専門医で治験部長

 2021年05月27日 17:55
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 子供を持つ女性医師「ママドクター」のためのコミュニティーとして、「ママドクターの会」を2009年に立ち上げた。自身も21歳、18歳、13歳の3児の母。朝日生命成人病研究所(東京都)の治験部長としての業務、疫学研究などを行いながら、糖尿病専門医として同研究所で誰よりも多くの患者を受け持っている。

予想外の妊娠で4月入所予定が8月に

 父は物理学者。親族に医者はいなかった。自身も物理や数学が大好きで、大学受験では慶應義塾大学医学部にも合格したものの、結局東京大学理科一類に進んだ。

 しかしいざ入学してみると、周囲には人と話すよりも物理や数学の問題を解いている方が嬉しそうな学生が少なくなく、「(物理や数学の)勉強や学問が生きがいという人がこんなにいたんだ」と驚いた。やがて、自分は人と関わる仕事がしたいとの気付きもあり、東大独自の進学振り分け制度を利用して3年への進級時に医学部に進学した。

 卒後研修では、外科系の手技の鍛錬にはあまり興味がなかったこともあり、内科を選択した。内科のうち血液内科と糖尿病内科のどちらを専門にするか悩んだが、当時の血液内科は骨髄移植の成功率が低く、ドナーバンクなども整備されていなかったため、亡くなる患者が多かった。一方、糖尿病内科は基本的に元気な患者を相手にしており、患者自身が生活習慣の改善などにチャレンジした結果が健康に直接結び付く。「自分で頑張ったことが自分にちゃんとフィードバックされる、というところがとても励ましがいがある」と感じた。さらに、糖尿病領域の基礎研究も含めた研究ができる研究室に魅力を感じたこともあり、糖尿病専門医の道に進んだ。

 その後の大学院生時代は、研究に明け暮れる日々。週末も朝から晩まで研究室に閉じこもるような生活を送っていたが、そんな様子を見かねた姉からの紹介で出会ったのが現在の夫だった。当時はまだまだ女性は結婚したら仕事を辞める人も多い時代だったが、違う業界で働いていた夫は「結婚しても、仕事は今のままで何も変えなくていいからね」と寛容。「これはラッキー」と思って結婚したのが28歳のときだった。

 大学院卒業後は、現在の職場である朝日生命成人病研究所への入所が1年前に決まっていたものの、卒業前に予想外に第一子を妊娠。卒業する年の3月には妊娠8か月を迎えており、予定通り4月に入所することはできなかった。5月に長男を無事出産したものの、「4月に入所すべきはずが、数カ月遅れて迷惑をかけていると思うと、1日も早く就職したかった」。産後10週ほど経過した8月1日には仕事を始めた。30歳のときだ。

第二子が4歳、自身が36歳のときに治験部長就任

 第二子(長女)は、ママ友に「1人目の子の子育てが落ち着くまで待っていると2人目以降を産みたくなくなっちゃうから、産むのならば立て続けに産んだ方がいいよ」とアドバイスを受け、32歳のときに出産。 2人目出産後もバリバリ研究をやろうと思った矢先、長女が保育園で粉ミルクによるアナフィラキシーショックを起こし、「これほど重症な発作が起こる子供を預かることはできない」と言われ、退園させられてしまう。 長女の預け先がなく途方に暮れているときに当時の所長・菊池方利氏(現:同研究所名誉所長)が、「空いている部屋があるから託児所をつくったらいいよ」と声をかけてくれた。もちろん簡単に託児所をつくれるわけはなく、実際につくることもできなかったが、菊池氏の励ましについて、大西さんは「託児所をつくるなんて無茶な話なのですが、そうしたボスのおおらかさが心の支えだった。何も実績がなくても可能性を信じて励ますという姿勢は、子育て中に子供を励ますときや職場で後輩を励ますときにも、とても大事なことを実感した」と振り返る。その後、京王プラザホテルの客室用託児室で長女を毎日預かってもらえることになり解決できた。保育園問題は、3人の子供いずれも綱渡り状態で乗り切ったという。

 治験部長には36歳という若さで就任。長女がまだ4歳のときだ。先任の治験部長がご栄転で突然退職してしまったのだ。このときも、菊池氏が「君なら大丈夫だ。これからは女性の時代だ」と言って太鼓判を押してくれた。治験部長としての業務は、若かっただけにできる自信も経験もなかったが、信頼できる有能な治験チーフや多くのスタッフなどに支えられながらやってみると、できることはぐっと広がった。子供が幼かったため、病院に滞在する時間は短くても、しっかりと成果を出すことを常に意識して取り組んだ。「チャンスがめぐってきたら、チャレンジすることが大事」と実感したという。

託児所付きのコミュニティーでママドクターならではの悩みを共有

 37歳で第三子(次男)を出産した。それまでは実母にかなり協力してもらっていたが、次男を産んだときに高齢になった母から「もう上の2人の子供のときのようには面倒は見られないからね」と言われてしまった。内心戸惑いもあったが、3人目の育児はできるだけ夫婦で回していこうと意識した結果、夫がよりいっそう家事や育児に関わってくれるようになった。今では、子供のお弁当をつくってくれるほどよく協力してくれるようになった。

 3人の子育てと仕事の両立の日々にあって、当時の職場には同じような境遇の女性医師は1人もいなかった。その分、同世代の看護師などメディカルスタッフの女性とは仲良くなれたが、やはり当直や時間外の救急対応の問題など、医師ならではの働く悩みはある。 子供を置いて友人に会うのもなんとなく後ろめたい。だったら、「同じような立場の人と話せる場に子供も一緒に参加できたら楽しいかも」と思い、2009年に似たような境遇の女性医師14人が集まったのが「ママドクターの会」の始まりだ。第1回の会合は、東京大学山上会館の一室を借り、託児所を設けて行った。それ以降、年に3~4回の頻度で講演会や懇親会を開催している。

 同会の入会資格は、原則①医師である②子供がいる③ママドクターの会メンバーの紹介がある-ことの3点だ。同会の設立から12年目を迎えるが、参加した女性医師が「楽しいから」と次々に友人を誘ってくれるようになり、今や会員は140人を数える。 講演会は大西さんが毎回企画しており、性教育や発達障害、小児予防接種の最新の話題など、さまざまなテーマを取り上げている。新型コロナウイルス感染症流行拡大後は、こうした講演会や懇親会をオンライン形式で開催しているが、毎回40~50人が参加するという。

子供たちのためにも仕事の成果は必ず出す

 あまり言葉にはしないが、本当は全身全霊を子供たちの方に向けたいといつも思ってきた。一方で、仕事でも治験部長として、主治医として、自分にしかできないことも多い。そうした中、「いろんな意味で、日ごろから職場でも自宅でも、『これは自分にしかできないことか?』をよく考えるようにしている」。これは代理で頼めることか、違う時間にできることか、家でできることか...そんなふうにいつも考えながら、子供たちの健やかな成長には心を砕いてきた。

 そしてだからこそ、仕事の上では「仕事を軽んじていると思われないように、成果を必ず出すことを常に心がけてきた」。現在もなお、同研究所で誰よりも多くの患者を診療し、治験登録も率先して行うなど、自施設の実績に必ず貢献しているという自負はある。

 ただし、未就学の子供を抱えていた時代は当直を免除してもらっていたことで、「周囲に迷惑をかけている、当直がない病院に転職しようか」と悩んだ時期もあった。そんなときに夫が「職場にきちんと働きかけてみて、それでも解決しなかったら一緒に考えよう」と言ってくれた。その一言が後押しとなり、自分が担当する治験や外来の収益を提示し、その利益を常勤医師の当直の一部を代行するアルバイト医師の費用に充てられないかと提案。提案が受け入れられた結果、他の常勤医師の当直回数も減り喜んでもらえたこともあった。当時お世話になった先輩や同僚に直接恩返しする機会はなかなかないものの、子育てが一段落しつつある今、現在の同僚や後輩たちの職場・研究の環境改善に少しでも貢献できればと考えている。

 子育ての過程では、プライベートでさまざまな職業や環境下にあるママ友と付き合うことで学ぶことも多かった。

 「患者さんも含めて、全ての人から学ぶことがある。仕事と子育ての両立で悪戦苦闘する中で、感謝や謙虚、寛容な気持ちなどの感受性が育てられた。自分の人生がとても豊かになった」と感じている。

ずっと低空飛行だった研究活動もようやく本腰を入れられるように

 現在、長男と長女は大学生になり、子育ても一段落しつつある。

 治験部長としてバリバリと業務をこなしてきたものの、研究領域では「ずっと低空飛行で、糖尿病学の発展や研究所に対しても貢献できていない。これからだと思っている」。

 長女が食物アレルギーを発症した際に、「この状況下で細胞や動物の世話はできない」とそれまで取り組んでいたインスリンのシグナル伝達に関する基礎研究を断念。悔しい思いは残ったが、現在は細胞や動物の世話が不要で、自宅でも研究活動ができる糖尿病に関する臨床疫学研究に取り組んでいる。これまでは研究指導者の助言の下で論文を執筆していたが、最近初めて、コロナ禍の緊急事態宣言下における自施設の糖尿病診療に関して研究計画・解析・執筆まで自力で取り組み、論文が国際誌に無事アクセプトされた(J Diabetes Investig 2021年3月17日オンライン版)。

夢はYouTuber・たけまりさんとの共演?!

 最後に大西さんに今後の夢を尋ねると...ちょっと意外な答えが返ってきた。YouTube「痩せるダンス」で大人気の"宅トレYoutuberたけまり"こと竹脇まりなさんとの共演が夢だという。

 自宅でできる運動ということでママ友に教えてもらった「痩せるダンス」だったが、実際にやってみると頻繁に動画が更新されることもあり、飽きずに楽しく続けられてすっかりはまってしまった。82歳の実母に勧めてみたものの、「リズムが速すぎてできない」と言われ、それなら、高齢の糖尿病患者も自宅で取り組めるような室内トレーニングの動画を研究所から発信できたら、と考えるようになった。

 夢は「たけまりさんとのコラボ」と語る大西さんの笑顔が輝いていた。

(髙田あや)

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