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ドクターズアイ 岩田健太郎(感染症) ドクターズアイ 岩田健太郎(感染症)

B.1.617.2来襲にワクチンは間に合うか

リアル「ワクチンレース」

 2021年06月01日 16:35
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© Adobe Stock※画像はイメージです

研究の背景:ワクチンによる抑制戦略を脅かす新規インド型変異株

 英国、イスラエル、米国と新型コロナウイルス(SARS-CoV-2)ワクチン接種が大規模に行われている国では、新型コロナウイルス感染症(COVID-19)患者が激減している。ワクチンはわれわれの予想をはるかに超えて効果的であり、感染者の減少、感染拡大の防止、重症化や死亡の防止といったさまざまなアウトカムをもたらしている*1

 英国では効果的なロックダウンとワクチン接種の組み合わせが奏効し、あれほど多かった感染者も死亡者も激減した。これで経済も活性化し、日常生活も取り戻せる...と喜んでいた矢先に、新たな懸念材料が出現した。インド由来の新たな変異株、B.1.617.2である*2

 ご存じのように、インドでは2021年3月以降、巨大なCOVID-19の嵐が吹き荒れている。1日当たりの新規感染者が40万人、死亡者が4,000人に達するという巨大なものだ。患者は入院できず、入院できても1つのベッドを複数の患者で共有しているという。酸素も足りず、低酸素血症があっても酸素が投与されない患者が多数いるという。既に多くの医師がCOVID-19のために死亡した*3

 なぜ、インドでこれほどまでに巨大な「第二波」が到来したのか、原因は明らかになっていない。一説によると第一波をうまく抑え込んだ段階で「インド人はコロナに強い特別な人種だ」といった噂が流布し、人々の警戒心が低下したことが流行に拍車をかけたともいわれている(どこかで聞いたような話だ)。

 もう1つ、妥当性の高い仮説としては、変異株(SARS-CoV-2のVariantsをどう日本語に訳すかに関して議論があるが、僕は「変異したもの」を意味するこの英単語に、「変異株」という使いやすくて定着した用語を用いている)の出現がある。インドで出現したのはB.1.617系統だ。余談だが、日本のメディアはスパイク蛋白などのアミノ酸置換を変異株の呼称として用いることが多いが、これは国際的にもあまり行われていないヘンテコな習慣だ(「新型コロナウイルス」という呼称がそもそもヘンだけど)。突然変異の部位は単一ではなくて、単一の突然変異のみ述べる方法は理解の妨げになる。よって、B....というPANGO系統名をここでは用いることにする*4(B.1.1.7+E484Kといった例外的呼称もあるが、例外はあくまで例外だ)。

 日本では、まだB.1.617.2よりもB.1.617.1の方が多く見つかっている。こちらは欧州疾病対策センター(ECDC)が「関心のある変異株variants of interest(VOI)」に分類しており、臨床的インパクトについてははっきりしていないウイルスだ。一方、B.1.617.2は「懸念される変異株variants of concern(VOC)」に分類される、グレードの1つ高いウイルスである*5

 なぜ、ワクチン接種がスピーディーに行われている英国においてB.1.617.2感染が広がっているのか。ひょっとしてワクチンが効かなくなっているのではないか。今回紹介する論文は、当然出てくるこの疑問と取っ組み合ったものだ。

Bernal JL, et al. Effectiveness of COVID-19 vaccines against the B.1.617.2 variant.

論文の概要:B.1.617.2株有症状例を英国株有症状例と比較

 今回の論文は査読がまだなされていない、いわゆる「プレプリント」の論文だ。しかし、著者は英国公衆衛生庁(PHE)などに所属する英国の専門家で、本論文はその重要性に鑑み、既に英国政府の公式サイトに紹介されている*6。それだけインパクトの大きな論文なのだ。

 本稿は余談が多くなって申し訳ないが、さらに余談。よく、「この論文はまだプレプリントだから...」と、論文の価値があたかも低いかのように論じる医師が少なくない(若手の「論文ガンガン読んでるぜ」系にこの手のコメントは多い)。が、プレプリントだから論文の価値が低い、というのは短見だ。そもそも、有名ジャーナルの査読を通った論文でなければちゃんとした論文とは認めないというのは、「自分で論文を読んでその価値を判定する能力がない」と、カミングアウトしているようなものだからだ。権威付けられた論文を、他人に判定してもらって初めて価値を二次的に判定する。ブランド品のロゴが付いていないと、その品物の良し悪しを言えないってことだ。

 閑話休題。

 本研究は大きく2つのパートから成る。

 1つは、検査陰性ケース・コントロール(TNCC)デザインでワクチンの効果を吟味した。検査陰性デザイン(Test negative case control design)というのは、インフルエンザワクチンの吟味などでよく用いられる検査陽性者をケース、陰性者をコントロールと設定する研究手法で、効率良くワクチンの効果を吟味できる上に、受診行動といった交絡因子も調整できるので便利な方法だ。本論文では有症状な患者でB.1.617.2変異株が見つかった者をケース、いわゆる英国株(B.1.1.7)をコントロールと設定した。よくあるTNCCだと「検査陰性」をコントロール群にするのだが、ちょっと面白いやり方だ。このようにコントロール群は恣意的に設定できる。

 またまた余談だが、こういうとき、臨床研究に詳しい人に「ケース・コントロール」という用語を使うと「あかん、あかん、それは後ろ向きコホートうんちゃら...」という議論に巻き込まれることがある。確かにケース・コントロール・スタディーは概念理解が「案外」難しいのだが、基本に立ち返ればよいだけの話だと思う。

 次に、ワクチン接種状況に応じて、B.1.617.2のB.1.1.7に対する割合を算出した。ワクチンがB.1.617.2に効果があれば、その割合はワクチン接種状況と無関係に一定のはずだ。ワクチンの効果が乏しければ、割合が高まることが予想される。

 イングランドのワクチン接種は国の登録システムNIMSにデータベース化されている。5月16日までのワクチン接種のデータが抽出された。1回目の接種から21日以上たっていればワクチン1回、2回接種から14日以上経過していれば2回接種とカウントされた。16歳未満の小児は除外された。症状のない例も除外された。発症10日以内にPCR検査をやった症例だけがカウントされた。

 変異株の検出は全ゲノム配列を用いて判定した。5月には60%程度のウイルスに全ゲノム配列がなされていた。その他、3つのターゲットを用いたPCRも変異株の分類に用いられた。年齢、性、民族性(ethnicity)、旅行歴などの変数が抽出された。

 結果である。12,675のゲノム配列が分析に用いられた。11,621がB.1.1.7であり、1,054がB.1.617.2だった。Table 1に両群の特徴が示されている。B.1.617.2群の方が渡航歴を持つ者が多く、女性が多く、ロンドンや北西地域の居住者が多かった。インド人、インド系英国人など、特定のエスニック・グループの割合も高かった。

 1回接種によるワクチンの効果は、B.1.617.2では33.5%(95%信頼区間20.6〜44.3%)と、B.1.1.7の51.1%(同47.3〜54.7%)に比べて低かった。ただし、2回接種後は80.9%(同70.7〜87.6)vs. 86.8%(同83.1〜89.6%)と、両者の差が小さくなった。

 BNT162b2(トジナメラン、ファイザー製ワクチン)では、2回目接種後87.9%(同78.2〜93.2%)vs. 93.4%(同90.4〜95.5%)だった。ワクチン1回接種後にB.1.617.2が検出されるオッズ比(旅行歴、民族性、年齢、性などで調整したもの)は、1以上となり(1.38、同1.10〜1.72)、2回接種の後だと信頼区間は1をまたいだ(1.60、同0.87〜2.97) 。1回接種後の患者ではB.1.617.2の比率が高まるという仮説が確認されたが、2回後ではそうならなかったのだ。ChAdOx1(アストラゼネカ製ワクチン)よりBNT162b2の方が、ワクチンの効果減弱の程度は小さいようだった。1回接種後13日までの場合を加味した感度分析でも、同様の結果が得られた。

考察と現場での考え方:新型インド変異株にもワクチンは効くが、2回接種が必要

 新たな変異株が出現するたびに「ワクチンは効くのか」が問題になるが、B.1.617.2についてはワクチンの効果が期待できるようだ。ただし、2回接種していないとその効果はずっと落ちる。英国では、ファイザー・ビオンテック、アストラゼネカ・オックスフォードなどさまざまなワクチンが用いられている。一方、BBCによるとイングランドでも、ワクチン接種は1回接種が7割程度、2回接種が4割程度だ*7。本稿執筆時点でB.1.617.2株の感染が増加しているのは、2回接種者が十分ではないことが関与している可能性がある。

 さて、日本のワクチン接種だが、僕はおおむね好意的に受け止めている。かつてないほどの予防接種実務のスピードアップである。報道では確かに、注射器がなくなったとか、温度管理を間違えたとか、細かなエラーが報じられるが、逆に言えばこの程度の小さなエラーが報じられていること自体が、全体として、大きな話としてのワクチン接種のスピードアップ成功の逆説的な証左である。メディアが語らない点こそ、本質的な問題なのだ。

 このスピードアップを後押ししているのは、いうまでもなくオリンピックだ。もし7月にオリンピックが開催されるのでなければ、ワクチン後進国の日本でこれだけ大規模な予防接種ロールアウト作戦が実施されることはなかったであろう。リスクの高い高齢者にできるだけ免疫を付与して、オリンピックが開催されても重症者で病院がいっぱいになるという悲劇が起きないよう目指しているのである。動機はともかく、これまで「仕組みはあるけど、アウトカムがない」と言われてきた日本の予防接種制度のパラダイムシフト的な大転換だ(もっとも、オリンピックが終われば元に戻る可能性も高いけど)。

 動機が純粋なものか、不純なものかはここでは置いておいて、日本のワクチン接種のスピードが上がっているのは朗報だ。逆に、B.1.617.2株の出現は懸念材料である。日本で2回接種を済ませた人はまだ少数派だ。今、B.1.617.2が日本に輸入され拡散されれば、英国同様に感染の再拡大が起きかねない。

 オリンピックという観点からいえば、これはワクチン接種と変異株輸入拡大のどちらが速いのか、というスピードレースになる。おそらくオリンピック・パラリンピック開催中は再度の緊急事態宣言発出は起きないと予想されるので、このレースはパラリンピックが終わる9月まで続く。

 果たして、日本はこのレースに勝てるのか。もっとも、B.1.617.2株の輸入を完全にブロックする、という別のプランを取れば、そもそもレースをする必要はなくなるのだけれども。

*1Dagan N, et al. BNT162b2 mRNA Covid-19 Vaccine in a Nationwide Mass Vaccination Setting. N Engl J Med 2021; 384: 1412-1423.

*2Schraer R. Covid Indian variant: Where is it, how does it spread and is it more infectious? BBC News [Internet]. 2021 May 28.

*3Constable P and Dutta T. India's covid surge has killed more than 500 doctors and sickened hundreds of others since March, stretching staffs thin. Washington Post [Internet]. 2021 May 28.

*4国立感染症研究所「SARS-CoV-2の変異株B.1.617系統について(第2報)」2021年5月12日

*5European Centre for Disease Prevention and Control. SARS-CoV-2 variants of concern as of 24 May 2021.(閲覧日2021年5月31日)

*6GOV.UK Press release. Vaccines highly effective against B.1.617.2 variant after 2 doses.

*7BBC News. Covid vaccine: How many people in the UK have been vaccinated so far? (閲覧日2021年5月31日)

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岩田 健太郎(いわた けんたろう)

岩田氏

1971年、島根県生まれ。島根医科大学卒業後、沖縄県立中部病院、コロンビア大学セントルークス・ルーズベルト病院、アルバートアインシュタイン医科大学ベスイスラエル・メディカルセンター、北京インターナショナルSOSクリニック、亀田総合病院を経て、2008年より神戸大学大学院医学研究科教授(微生物感染症学講座感染治療学分野)・神戸大学医学部付属病院感染症内科診療科長。 著書に『悪魔の味方 — 米国医療の現場から』『感染症は実在しない — 構造構成的感染症学』など、編著に『診断のゲシュタルトとデギュスタシオン』『医療につける薬 — 内田樹・鷲田清一に聞く』など多数。

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