私が選んだ2017年 医学3大ニュース 1.「宇宙滞在で脳MRI形態が変化した」とする論文の発表 2017年11月2日にN Engl J Med(2017; 377: 1746-1753)で発表され、日米のニュースでも大きく扱われて本紙のコラム「宇宙で探るMedical Frontier」でも取り上げた。 もともとは半年間宇宙に滞在した宇宙飛行士に視神経乳頭浮腫が生じたことがOphthalmology(2011; 118: 2058-2069)で報告され、その対策・研究のために画像データを解析したものである。 もし無重力の影響が脳全体に及ぶとすると、例えば前庭神経核も影響なしでは済まず、「宇宙酔い」の成因に関係するかもしれない。 軌道上では脊柱のS字カーブが失われるために身長が伸びて腰痛が発生するのではないかとSpine(2016; 41: 1917-1924)で示されており、これとの関連も疑われる。長期飛行で多大な経験を持つロシアでいわれているところの「物憂い状態(neurasthenia)」の源もこれなのだろうか。いろいろ想像できるところである。 しかしそもそも、JAMA Ophthalmol(2017; 135: 992-994)で紹介された、視神経乳頭浮腫に代表されるSpaceflight Associated Neuro-ocular Syndrome(SANS)は数割の飛行士にしか認められないので、主因は脳でなく眼の側にある可能性が高い。 症例数からいうと超希少疾患のよりもさらに3桁少ないが、飛行士に占める罹患率は高い。日本の若い頭脳にも、この問題の解明を目指す新しい挑戦にぜひ参加していただきたい。 2.世界アンチ・ドーピング機関(WADA)がロシアアンチ・ドーピング機関(RUSADA)の資格を回復せず 2020年の東京オリンピックが最も影響を及ぼすのは東京都の交通と宿泊だろうが、国際オリンピック委員会(IOC)が始めたドーピング規制は、今日診療する患者さんの未来に影響するかもしれない。 日本政府が賛同した国際連合教育科学文化機関(UNESCO)の薬物規制が「あらゆるスポーツ」に及び、その処分が極めて厳しいためである。 以下、驚かれる方が多いと思われるが、WADA規定では(盤上ゲームの)チェス競技者への利尿薬処方に関し、治療使用特例(TUE)文書を作成しなければその患者さん(競技者)が違反者として処分され、実名が公式サイトに掲載される可能性がある。 チェス競技者での実例は、2007年「日本アンチ・ドーピング機構(JADA)アンチ・ドーピング規律パネル決定報告」で御覧いただける。 国内では、バレーボール部に所属する女子大学生が、皮膚科で処方された外用薬が元で処分され実名が公表された例もある。TUEの条件を満たさない場合(事後作成が可能な場合もあるが)、薬物検査で陽性なら処分を免れることはできない。 宇宙飛行士の薬物検査と国際航空連盟エアースポーツTUEパネル委員を経験した筆者が憂えるのは、違反の摘発よりも悪意のない競技者の保護の問題である。高額な規制費用を全て若年者の反ドーピング教育に充てるというのはいかがであろうか。 3.ヒアリ(fire ant)、関東に上陸 米国・テキサス州ヒューストンでは、私自身がヒアリに刺された(関連記事「東京都でもヒアリ発見」)。顎の力も強いと聞くが、問題は腹の毒針。小さな昆虫で毒に特別な点はないが(アナフィラキシー症例はある)、問題は大きな巣なら20万匹は生息するといわれるその数である。 草地の上にところどころ砂をつかんで投げたような塊があり、これらが上に出っ張った巣。いかにも子供が(大人も)踏みたくなりそうな形をしている。2歳の息子はこれらを踏んで回ってヒアリに刺され、わんわん泣いた。私は知っていたのに踏んでしまい、靴下の中に入られた。 数時間は痛いが、問題はその後に1週間も痒いこと。引っかくとお決まりの湿疹になる。 米国中西部と異なり、ヒューストンに広い芝生がないのは、ヒアリのために裸足で遊べないからだろうか。南米原産で米国で狂暴化したとも聞く。 ヒューストンでは1995年ごろに大量発生して盛んに報道された。不思議なのは現在では鳴りを潜めていること。探してもあまり巣がない。-12℃にならないと死なないというし、大雨では浮いてしのぐというのにどうしたのだろうか。よい説明が見つからない。 日本でなぜかセイタカアワダチソウが目立たなくなったように、生物は単純ではないということか。しかし、とりあえず米国の暑い地域の草地では地面を観察し、可能なら裸足にサンダル、半ズボンの方がヒアリをすぐ払えて安全である。