私たちはこう考える ファーマライズ株式会社 ひまわり薬局 佐藤 一生さん 「環境」「生活」「体」「薬剤」の4つの視点から考える 在宅ではさまざまなケースがありますが、私は基本的に以下の4つの視点から考えます。 1. 環境をみる ベッドから落ちて自力で起き上がれず助けを呼べない、電話にも出られないという状態だったことから、安否確認や生活の見守り体制を把握し、介護支援の内容を再検討してもいいのではないでしょうか。その際、元看護師という背景が、ご自身の身体状況の受け止め方や介護サービスの利用など、今後のケアに影響を与えることもあると認識しておくべきでしょう。 2. 生活をみる 要介護度3でほとんど外出されていないので、廃用症候群やサルコペニアが進んでいる可能性を考えます。加齢に加え、今回のけがの影響で自立してできることがさらに減少すると予測され、この点も症状を加速させる要因になります。歩行や認知機能のチェックを行い、できることを少しでも増やす取り組みが重要になってくると思います。 3. 体をみる 2の理由から、体重の低下、握り返す力、歩く早さなどに気を留め、栄養低下やサルコペニアには十分注意します。また、転倒を誘引するような電解質異常(カリウム値、カルシウム値)や、加齢や薬剤による腎機能低下・肝機能低下も起こりえるので、検査値のモニタリングも重要です。 4. 薬剤をみる 併用薬、薬効、薬用量、副作用のモニタリングをしたいです。3で触れたように、降圧薬併用による起立性低血圧のリスク、利尿薬併用による血栓生成や電解質異常も想定されます。加えて、現在の血圧が良好であることや、在宅での生活や余生を考えた場合、高血圧リスクより、低血圧による転倒やそれによる骨折の方が予後を悪くします。降圧薬の減薬も、検討してよいかも知れません。いずれにしても、一時的なアセスメントに留めず、継続したモニタリングが必要と考えます。 メディスンショップ蘇我薬局 雜賀 匡史さん 社会との関わりをつくり、不測の事態や認知機能低下の予防を 転倒時以外なら電話に出られる人なのか、その場合は何回コールで出られるのか把握したいです。要介護度3だと安定した5m歩行は難しく、耳も遠いのかもしれません。退院後に備え、電話の設置場所は適切か確認した方がいいですね。 ヘルパー訪問があっても、今回のように発見に時間がかかってしまうことがあるので、管理人さんに定期的な声がけをお願いできると安心です。ヘルパー訪問のない土日に、ご家族やご友人の来訪があったり、配食サービスなどを利用しているなら、同時に見守りもしてもらえるとさらによいのですが......。 それと、外出の頻度と、3階までの昇降をどのようにしていたか。エレベーターがない場合、外出がおっくうになってご本人が介護サービスの受け入れを拒むかもしれませんし、自力で階段の昇降ができないと、受け入れてくれるデイサービスなどの事業者が限られてきます。社会とのつながりが絶たれると、孤独死につながったり、認知機能や健康に悪影響を及ぼしたりします。階段昇降機を持っているデイサービスの事業者を、CMに紹介してもらってもいいでしょう。 体の状態については、エンシュア・H®はプルアップ缶で、筋力が低下していると開けにくいことがあります。自力で開けるのが難しければ、ヘルパーやご家族に協力を仰ぐことも必要でしょう。甲状腺機能低下症だと、居眠りや記憶障害といった認知症と勘違いされる症状が発現しやすいです。浮腫もあるようなので、甲状腺ホルモンのコントロールができているかも知りたいですね。 プラス薬局高崎吉井店 小黒 佳代子さん 「深部静脈血栓の悪化の可能性」「低カリウム血症」「栄養」を考慮 深部静脈血栓は下肢の浮腫が多いですが、上肢に傷があったのに自覚症状がなかったことから、肺や上肢にもなんらかの塞栓がある可能性があります。COPDにより、日常的に息苦しさを訴えていたことも考えられます。転倒はそのような影響があったかもしれません。橈骨の脈の他、頸部の脈はどのような状態だったかなど、バイタルサインをもっと知りたいです。入院時に病変が認められなくても、退院後は訪問看護と協力した体調確認が必要です。 Kさんには痙攣もあります。年齢やフロセミドとスピロノラクトンを服用していることから、浮腫や心不全により、こういった利尿薬を服用せざるをえない状態だったと考えられます。カリウム値には配慮していたと思いますが、芍薬甘草湯を服用していたことからも低カリウム血症の可能性があり、痙攣をさらに誘発、こちらも転倒の原因になったのかもしれません。腎機能も気になります。 食事が1日2回で、エンシュア・H®もあまり飲めていなかったようです。低栄養は筋力低下の他、浮腫などにつながります。まずはカロリーを取り、その上で腎機能が悪くなければ蛋白質を摂取するといいでしょう。退院後は中鎖脂肪酸のオイルを利用するなどして、栄養保持を考えたいです。 有限会社フクチ薬局 佐藤 香さん 生活していくための自信と安心感が必要 食事量や筋力低下の程度、検査値の確認など集めたい情報はありますが、転倒によって体だけでなく心も傷つき、お独りで暮らすことに自信がなくなってしまったかもしれません。けれど、ご本人が本当は独居継続を望まれている、あるいは独居を継続する事情がある場合には、安心が感じられる見守りサービスの利用はもちろん、転倒リスクのある医薬品を除いた処方提案や、Kさんに適した栄養補給について考えたいです。 それから、緊急時の対応について、ご本人、ご家族を含む訪問チームでの情報共有が必要です。Kさんとは事前に対応のお約束があったため、薬剤師Bさんは、訪問医とCMに連絡をしたのでしょう。今回のような出来事は、どの利用者さんにも起こりえるので、他の利用者さんの対応のお約束も確認しておくべきだと考えます。 有限会社丸山薬局 大石 和美さん 患者が望む生き方を軸に考える 薬剤師のBさんは、Kさんの日ごろの暮らしを理解し、ちょっとした異変に気付いたこと、すぐに訪問という行動に結び付けたことが、とてもよかったと思います。 病院に搬送とのことなので、薬剤に起因した転倒かどうか、栄養は足りているのかどうかは、検査値を確認すれば判断できると思います。右手の中指の傷は、切れたことを感じていないのか、それとも切れたことを忘れてしまっているのかで対応が変わってくるでしょう。 この症例からまず思うのは、Kさんがどのような生き方を望んでいるのかということです。マンションの住み慣れた部屋で人生を全うしたいのか。それとも、後進の看護師の勉強のために病院で最期を迎えたいのか。外に出ない理由は何か。今後も外出の必要はないのか。キーパーソンは長女なのか、親しい友達はいるのかといったことも確認したいです。緊急通報装置の設置も考えられますが、通報先はKさんの"思い"に寄り添った順番で、と考えます。 それと、経済的な余裕がどの程度あるのか。その中で、いかに希望に沿うようにするかを考えなくてはいけません。 次のページ:出題者はこう考える 前の記事:Kさんのデータを確認