敗色濃厚、膝OAへのヒアルロン酸注射

余話として私と医師会の「言行不一致」

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感染症ビジョナリーズ 感染症ビジョナリーズ

研究の背景:有効性が危うい上に安全性でも問題浮上

 私は「言行不一致」の人間である。主張通りの行動をするような単純な人生など真っ平ゴメンである。主張と行動のギャップで苦悶することは、人間として成熟するための研鑽だと思っていたが、最近は快感に変わってきた。というわけで、今でもヒアルロン酸を患者の膝に打ちまくっている。

 変形性膝関節症(膝OA)の50歳以上の国内有病率は男性44.6%、女性66.0%に上る(東京大学ROADスタディ)。国内外を問わず整形外科のメジャー疾患であり、その治療法の開発は国際的な課題である。しかしながら、現在世界中で上市されているOA治療薬は、鎮痛を主とした対症療法(symptom modification)のみであり、関節軟骨を保護・修復する原因療法(structure modification)は存在しない。この点が、骨粗鬆症や関節リウマチ(RA)との違いである。

 さて、ステロイドやヒアルロン酸の関節内注射は代表的なOA治療法である。ステロイド関節内注射薬の適応症は「関節炎」のみで「OA」には認められていないため、炎症や水腫のある急性期OAに限定して用いられている。

 一方、ヒアルロン酸関節内注射薬は人工関節になるまでの慢性期に長期に汎用されており、日本では膝OA治療の主役である。事実、ヒアルロン酸関節内注射薬は「OA」の適応症名で承認を受けており、現在、アルツ(科研製薬)、スベニール(中外製薬)、サイビスク(サノフィ)、ジョイクル(小野薬品)の4種類が上市されている(いずれも商品名、)。当然、これらが関節軟骨に対する原因療法を示すエビデンスはゼロである。では、対症療法としてはどうか。残念ながらこのエビデンスも怪しいと言わざるをえない。

表. 日本で承認されている膝OA関節内注射薬

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(川口浩氏作成)

 まず、アルツスベニールはともに国内開発製品であるが、承認時期はそれぞれ1987年と2000年、すなわち厚生労働省に医薬品医療機器総合機構(PMDA)が設立された2004年より前である。治験指導、適合性調査、承認審査のどれもルールが存在しない状況で上市されている。治験ではいずれも、100~200例程度の患者を実薬群と0.01%希釈群の2群に分けて比較を行っているが、群間ブラインド化も怪しい。一応、患者による定性的な包括的評価(Patient's Global Assessment:PGA)に有意差があったという理由で承認されている。

 一方、サイビスクは輸入品の高分子ヒアルロン酸架橋体製剤であるが、なんと「国内治験なし」で2010年に製造承認されている。この経緯について書くとエンドレスになるのでここでは控えるが、貿易不均衡による通商摩擦がヒートアップしている最中の承認である。厚労省は外部の一流省庁からの圧力には弱いんですよ。適応症名を「膝OA」ではなく、「保存的非薬物治療及び経口薬物治療が十分奏効しない疼痛を有する膝OA患者の疼痛緩和」という意味不明なものにしたことがPMDAの精一杯の抵抗か。バチが当たって(?)、発売後は架橋蛋白に対する異物反応による関節炎が頻発していまや市場から消滅寸前である。

 ジョイクルはヒアルロン酸にジクロフェナク(ボルタレン)を化学結合した国内開発製品であり、昨年(2021年)3月に「膝OA」の適応症で承認・発売された。同薬については、既にこの連載でディスって友だちをたくさん失った(関連記事「ウェブ講演会の"感染性"と"毒性"」)。

 どうせ友だちが少ないのであえて繰り返すと、前臨床試験は関節疼痛・関節炎動物モデル(RAモデル)だけで、OAモデルの検討はゼロである。用量反応試験も医療統計学的な国際標準レベルに達していない。有効性についても、既存のヒアルロン酸製剤を上回る臨床効果は示されておらず、長期の持続効果は期待できない。唯一の利点は、投与間隔が既存のヒアルロン酸製剤よりも延びた(1週間→1カ月)ことにより、患者負担の軽減が期待できる点であった。

 しかし周知のように、市販後のアナフィラキシーショック症例の頻発によって、PMDAは発売後3カ月でブルーレターを発出した(関連記事「DF-HA関節注、アナフィラキシーの詳細」)。アレルゲンとしては、添加剤として加えてあるPEG(ポリエチレングリコール:マクロゴール)の可能性が指摘されているが、これは新型コロナウイルスに対するmRNAワクチンのアレルゲンと同じである。しかし、全国の接種現場で最大限の警戒体制を取っているmRNAワクチンのアナフィラキシーショックの頻度は約0.0002~0.0005%(ファイザー製:4.7例/100万例、モデルナ製:2.8例/100万例)とされているのに対し、ジョイクルは0.2~0.5%(P3治験:1例/220例、市販後:10例/5,500例)と約1,000倍である。エピペンもボスミンも常備していない整形外科個人クリニックでの対応は難しいだろう。

 現在、メーカーは積極的な販売は中止し、名古屋大学臨床研究審査委員会が原因解明の研究に着手している。

 さて、ヒアルロン酸関節内注射薬のOA臨床症状に対する効果については、国外でも多くの報告がある。結果はマチマチであるが、どれも十分なエビデンスレベルには達していない。今回紹介する論文は、これらの中から大規模プラセボ対照試験(各群被験者100例以上)のみを対象としたシステマチックレビューとメタ解析である(BMJ 2022; 378: e069722)。研究者らの所属は、カナダ、英国、スイス、中国などで、国際共同研究といえる。

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