「反面教師」認定された日本の添付文書

イベニティの心血管有害事象は「日本固有」の問題

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研究の背景1:米国骨代謝学会でディベートされたロモソズマブの安全性

 米国骨代謝学会(ASBMR)は骨領域における世界最大の学会である。昨年(2023年)は10月にカナダのバンクーバーで開催されたが、この中で最も注目を集めたのは、「There is sufficient evidence for a causal link between sclerostin inhibition and increased cardiovascular risk(スクレロスチン抑制と心血管系リスクの因果関係を示す十分なエビデンスはある)」という論題に関するディベートセッションであった。

 スクレロスチン抑制というのは、骨粗鬆症治療薬であるロモソズマブ(商品名イベニティ)の作用機序である。スクレロスチンは骨形成を促進するWntシグナルの抑制分子であり、その抗体製剤であるロモソズマブはスクレロスチンによるWntシグナル抑制を解除して骨形成を促進する、とされている(図1)。

図1. ロモソズマブの作用機序

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(川口浩氏提供)

 Wntシグナルは全身の臓器に存在してその恒常性を維持している。にもかかわらず、全身投与(皮下注射)のロモソズマブが骨のみに作用して他の臓器に影響しないという根拠は、スクレロスチンの産生も作用も骨の中に限定される(autocrine/paracrine)から、とされていた。しかしながら、スクレロスチンは骨以外の血管内皮などにも発現しており、かつスクレロスチンは血中に分泌されて、全身因子としても働く(endocrine)。スクレロスチンの低下は血管の石灰化を促進するため(Nephrology 2017; 22: 286-292)、ロモソズマブ注射が心血管系有害事象を引き起こす可能性があることは、その開発段階から多くの研究者が指摘していた。

 そして懸念された通り、ロモソズマブの第Ⅲ相試験(ARCH試験)で重篤な心血管系有害事象(心筋梗塞や脳卒中)が顕在化した。ARCH試験は、脆弱性骨折の既往がある高齢の骨粗鬆症女性を対象として、代表的な骨粗鬆症治療薬アレンドロネート(ビスホスホネート製剤)と比較した活性対照試験である。この有害事象のために、開発本国である米食品医薬品局(FDA)は承認を見送ったが、日本の医薬品医療機器総合機構(PMDA)は世界に先駆けて見切り発車で薬事承認し、2019年3月に販売を開始した。結果、直後から死亡を含む重篤心血管系有害事象が多発した(関連記事「イベニティ最終報告、発売半年で死亡16例」)。

 ロモソズマブの販売元であるアステラス・アムジェン・バイオファーマ社は、発売6カ月後の2019年9月、添付文書の冒頭に「警告枠」を加えたが、その内容は「骨折抑制のベネフィットと心血管系有害事象の発現リスクを十分に理解した上で、適用患者を選択すること」と、極めて曖昧で具体性に欠けるものであった。

 私はASBMRの日本代表(Ambassador)の立場から学会機関紙(JBMR)に緊急寄稿して世界中に警鐘を鳴らし(関連記事「日本の悲劇を世界に広げない!」)、これを受けて薬害オンブズパースン会議も警告を発信した。しかしながら、発売から5年目を迎えた現在でも、「警告枠」は変更されないまま、国内で多くの骨粗鬆症患者に処方されてる。海外でも欧米を含めて世界59カ国で、さまざまな内容の「警告枠」付きで販売されている。

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