シップヘルスケアファーマシー東日本株式会社川村 和美 患者さんの望みに応えるか、医師の指示に従うべきか...。"倫理的判断"に迷う場面においては、直感に頼らずそのケースをさまざまな側面から幅広く検討し、より望ましい決定をするというプロセスが重要になります。 次のケースに遭遇した場合、あなたならどう考えますか? 「また、その話?!」 私は、薬学部を卒業後、この保険薬局に勤めて3年目の薬剤師です。 Aさん(66歳・女性)は、どの医療機関に受診しても、必ずここに処方箋を持参してくれる、お話好きの明るい患者さんです。スタッフの誰にでもフレンドリーに接してくださるのはありがたいのですが、どんなに混み合っていてもお構いなしに、旅行の話、妹の話、友達の話、ヨガ教室の話、ペットショップに寄って帰る話まで、次から次へと話が止まりません。 特に忙しい時間帯は、次にお待ちの患者さんの視線が気になりますが、学生のころ、コミュニケーションの授業で「傾聴とは相手が聴いてほしいように聴くもので、信頼関係の構築に大切だ」と教わったため、A さんの話を全身全霊で聴くように心がけてきました。 ある日、Aさんの服薬指導をしていると、後に待っていたBさん(38歳・男性)から「世間話をしてるなら、早く薬を渡してもらえませんか? こっちは仕事の合間を縫って来てるんで」と不機嫌そうに言われてしまいました。 あなたならどうしますか? <img alt="A_alpha.png" src="https://asset.mtweb.jp/rensai/filesknowhow/diagnosis-judgement/a.jpg " width="30" height="30" class="mt-image-left" style="float: left; margin: 0 20px 20px 0;">Aさんの服薬指導を短く切り上げ、できる限り素早くBさんに対応する。 <img alt="B_alpha.png" src="https://asset.mtweb.jp/rensai/filesknowhow/diagnosis-judgement/b.jpg " width="30" height="30" class="mt-image-left" style="float: left; margin: 0 20px 20px 0;">Aさんに断りを入れてから服薬指導を中断し、先にBさんに薬をお渡ししてからAさんの服薬指導を再開する。 <img alt="C_alpha.png" src="https://asset.mtweb.jp/rensai/filesknowhow/diagnosis-judgement/c.jpg " width="30" height="30" class="mt-image-left" style="float: left; margin: 0 20px 20px 0;">Bさんがなんと言おうと、信頼関係の構築には傾聴が大切だと思うので、Aさんの話を最後まで聴く。 <img alt="D-aplha.jpg" src="https://asset.mtweb.jp/rensai/filesknowhow/diagnosis-judgement/d.jpg " width="30" height="30" class="mt-image-left" style="float: left; margin: 0 20px 20px 0;">Aさんに引けを取らないくらい、Bさんの話もしっかりと傾聴する態度を示し、Bさんにもご理解いただく。 <img alt="E-alpha.png" src="https://asset.mtweb.jp/rensai/filesknowhow/diagnosis-judgement/e.jpg " width="30" height="30" class="mt-image-left" style="float: left; margin: 0 20px 20px 0;">今回のAさんはもちろん、今後は誰であっても無駄な話は極力避け、迅速な調剤と交付を心掛ける。 あなたは、何番を選択しましたか?あるいは、別の方法を考えたでしょうか。このケースを考える上で大切な、5つの視点から解説していきます。※(関連記事)倫理的に判断するための5つの視点とは? 5つの視点から考えてみよう! ◆薬学的な視点服薬支援につながる情報の効率的な収集を 薬剤師の介入により、調剤報酬が発生します。つまり薬剤師は、患者さんのただの話相手であればよいのではなく、介入によって患者さんの服薬状況を向上させることが求められています。この前提の下、報酬に応じた調剤技術や医薬品情報提供、服用歴管理などの医療サービスを提供しなければなりません。 世間話の中にはさまざまな情報が含まれており、患者さんの健康や服薬につながる内容がないとは言えません。だからといって、延々と世間話に付き合って、この事例のように他の患者さんに迷惑をかけていては元も子もありません。専門家ならば、服薬支援につながる情報を、限られた時間で効率的に収集することを心掛ける必要があるでしょう。 ◆患者さんの視点薬局は薬の話や健康相談をするところだと理解してもらう Aさんの様子から、この保険薬局に好感を持ってくれていると予測できます。しかし、Aさんが保険薬局という場所をどのように認識しているのかが気になります。「ここはどんな話にも付き合ってくれる」とか、「楽しく話をする場所」といったように理解しているのであれば、問題がありそうです。【薬学的な視点】で解説したように、薬剤師が仕事として患者さんに関わる以上は、医療費と医療サービスの向上に励むべきであり、対価に見合った薬学的な介入が求められます。Aさんが、「ここは薬の話や健康の相談をするところなんだ」と認識できるように促していく必要があるでしょう。 ◆関係者の視点ほかの患者さんがどう感じるかを考える 仕事の合間を縫って保険薬局に来ているBさんが、「世間話をしている時間があるなら、早く自分の薬を渡してほしい」と思うのは当然のことです。薬局でなくとも、例えばコンビニやスーパーのレジ担当者が、特定のお客といつまでも世間話をしていて、なかなか会計をしてくれなかったら、きっと皆さんもいい気持ちはしないでしょう。Bさんのように不満を訴えなかっただけで、同じように感じている患者さんがいた可能性は否めません。あるいは、いつも長々と話を聴いてもらえるAさんを、特別な人なのだと受け取っている方がいたかもしれません。 このようになんらかの不快を感じた人が、同じ保険薬局に通い続けてくれるでしょうか。たとえ自身は通院の事情から続けて来てくれたとしても、家族や友人に勧めはしないはずです。ぜひ、「他の患者さんはどう感じるだろう?」という視点を持ってください。 ◆状況の視点等しい事例は等しく扱う 医療費は、その大半が税金や医療保険で賄われており、医療資源の公正な配分という視点が欠かせません。つまり、同じ費用を支払っている全患者に、基本的には同じ対応をすべきであるという考え方です。全ての患者さんにAさんと同じ時間を割くことは、おそらくできないでしょう。できないのであれば、Aさんの話ばかりを特別に聴いてあげる"理由"が必要です。それも、誰もが納得できる理由でなければなりません。 倫理的な考え方に、「等しい事例は等しく扱う(Treat like cases alike)」という原則があります。来局者が男性であっても女性であっても、60代であっても30代であっても、服薬指導をする上で倫理的な違いは特にありません。話しやすさ、話しにくさで、対応の違いがあってはならないのです。例えば、一方の患者さんに筆談の必要があり、その結果、服薬指導の時間が他の人以上にかかるという理由であれば、これは誰もが納得できる倫理的な違いに相当します。 常に「その対応を全ての患者さんにできるだろうか? 」「不公平に感じられる点はないか? 」と振り返ってみることをお勧めします。 ◆QOLの視点薬剤師は患者の健康を支援するパートナー 対応を変更した場合、今まで通りに時間をかけて話を聞いてもらえなくなったAさんは、不満に感じるかもしれません。しかし、保険薬局で出会う私たちは、健康を支援するという使命を持つパートナーであることを、きちんとご理解いただく必要があります。 健康状態が改善するよう服薬問題などの相談に乗り、いつもAさんの健康に関心を寄せて親切に対応し続ければ、保険薬局のスタッフを疎むようなことはないでしょう。薬剤師は友達ではなく、そういう立場の人間なのだとご理解いただければ、もっと素晴らしい患者-医療者の信頼関係が築けるはずです。 他の患者さんからしても、ただただ傾聴するだけの姿を見せるより、健康を支える医療者として望ましい対応を行う薬剤師の姿勢に、ポジティブな印象を持ってくださると思います。 それぞれの対応は望ましい? 下の図は、さきほど選んでいただいた対応の一覧です。 あなたが選んだ対応が医療者として望ましい対応かどうか、次の記事では5 つの視点から問題を整理し、総合的に判断して、検証をしてみましょう。 ⇒【解説】長話をする患者への望ましい対応