シップヘルスケアファーマシー東日本株式会社川村 和美 患者さんの望みに応えるか、医師の指示に従うべきか...。"倫理的判断"に迷う場面においては、直感に頼らずそのケースをさまざまな側面から幅広く検討し、より望ましい決定をするというプロセスが重要になります。 次のケースに遭遇した場合、あなたならどう考えますか? 「絶対に誰にも言わないで」 私は、勤務5年目の病院薬剤師(29歳)です。 Dさん(72歳・女性)は、先週より、血糖コントロールとインスリン導入のため、糖尿病病棟に教育入院しています。理解力も治療に対する意欲もあり、私との面談を心待ちにしてくれているので、Dさんへの服薬指導には、私もやり甲斐を感じています。 ある日、服薬指導に訪れたとき、Dさんが「先生、ちょっと休憩していって」と、嬉しそうに床頭台の引き出しから栄養ドリンクを出して手渡してくれました。話を聞いてみると、Dさんは健康保持のために、栄養ドリンクを毎日欠かさず飲んでいるというではありませんか!! 「怒られたり止めなさいって言われたら嫌だから、先生にも看護師さんにもナイショ。絶対に誰にも言わないでくださいね」とお願いされてしまいました。 でも、栄養ドリンクは糖質が多いので、継続的に摂取しているという情報は糖尿病の治療上、放置できません。 あなたならどうしますか? Dさんの治療上、必要不可欠な情報なので、関係者間で直ちに共有する。<img alt="a.JPG" src="https://asset.mtweb.jp/rensai/filesknowhow/diagnosis-judgement/a.jpg " width="33" height="32" class="mt-image-left" style="float: left; margin: 0 20px 20px 0;"> <img alt="b.JPG" src="https://asset.mtweb.jp/rensai/filesknowhow/diagnosis-judgement/b.jpg " width="35" height="31" class="mt-image-left" style="float: left; margin: 0 20px 20px 0;">関係者間で情報を共有するが、Dさん本人には知られないように接してもらう <img alt="c.JPG" src="https://asset.mtweb.jp/rensai/filesknowhow/diagnosis-judgement/c.jpg " width="38" height="32" class="mt-image-left" style="float: left; margin: 0 20px 20px 0;">関係者に安易な情報共有をすると、誰かがDさんに言ってしまうかもしれない。そのリスクを最小限に留めるため、主治医にのみ情報を伝える。 <img alt="d.JPG" src="https://asset.mtweb.jp/rensai/filesknowhow/diagnosis-judgement/d.jpg " width="34" height="31" class="mt-image-left" style="float: left; margin: 0 20px 20px 0;">糖尿病治療は本人の意識が何よりも重要なので、Dさんに栄養ドリンクを止めるよう説得する。すぐに止めてもらえたら、この情報は共有しなくて済む。 <img alt="e.JPG" src="https://asset.mtweb.jp/rensai/filesknowhow/diagnosis-judgement/e.jpg " width="33" height="31" class="mt-image-left" style="float: left; margin: 0 20px 20px 0;">私を信じて栄養ドリンクをくれたDさんを裏切るわけにはいかないし、Dさんの気持ちを大切にする医療者でありたいので、誰にも言わないでそっとしておく。 あなたは、何番を選択しましたか?あるいは、別の方法を考えたでしょうか。このケースを考える上で大切な、5つの視点から解説していきます。※(関連記事)倫理的に判断するための5つの視点とは? 5つの視点から考えてみよう! ◆薬学的な視点糖尿病患者における栄養ドリンクの摂取はできる限り避ける 栄養ドリンクは全般的に糖質が多く、中には1本100kcalを超えるものもあります。ブドウ糖、果糖、白糖などが液糖として含有されており、血糖値の急上昇を招きやすいため、摂取のタイミングも気になるところです。栄養ドリンクの習慣的な摂取は、糖尿病の治療上、避けたいところです。 さらに、栄養ドリンクにはカフェインが含まれているものもあり、継続的に摂取すると血圧の上昇や腎臓への負担が危惧されます。カフェインの摂取はアドレナリンなど血糖値を高めるホルモンの分泌を促し、インスリンの機能を妨げる可能性があるという報告もなされています。 Energy drink consumption impairs oral glucose tolerance in adolescents: a randomized, double-blind, crossover pilot study (University of CALGARY 2015.12.7) Mayo Clin Proc. 2010 Nov; 85(11): 1033-1041. ◆患者さんの視点好ましくないとは分かっているが、摂取を継続したい理由は? Dさんは、なぜ「怒られたら嫌」なのでしょうか。医師や看護師に摂取の事実を知られたときに、「怒られるかもしれない」という認識を持っているということは、栄養ドリンクの継続的な摂取が、好ましくはないとご本人もわかっている可能性があります。しかし、それが、糖尿病治療によくないと理解しているのか、入院中に病院食以外を摂取することはよくないと考えているのか、栄養ドリンクは処方薬と一緒に飲んでは危険と受け取っているのか、ご本人に好ましくないと考えている理由を聞いてみなければわかりません。一方で、Dさんはこの栄養ドリンクに、並々ならぬ健康への期待を持っているのかもしれません。そのあたりも是非伺ってみたいところです。 ◆関係者の視点主治医・看護師・家族や友人はどのように考えるか 栄養ドリンクの習慣的摂取を主治医が知ったら、どう考えるでしょうか。摂取の中止を強く勧めるかもしれませんし、どうしても摂取したいと言うなら、摂取のタイミングを指示するかもしれません。薬剤師が知っていたのに、そんな大切な情報を隠していたとしたら、担当看護師はどう感じるでしょうか。一方で、Dさんの健康を心配して、定期的に栄養ドリンクを届けていた家族や友人がいた場合、摂取禁止の指示を知ったら、どう考えるでしょうか。 ◆状況の視点「言わないで」という秘密をもらすことは守秘義務違反にあたる 一定の職業に就いている者に対して、業務上、知り得た秘密を保持することが法的に義務付けられています。刑法134条は、秘密漏洩罪を規定しており、医師、薬剤師、医薬品販売業者、助産師、弁護士、弁護人、公証人又はこれらの職にあった者が、正当な理由がないのに、その業務上取り扱ったことについて知り得た人の秘密を漏らしたときは、刑罰を科すものとしています。このケースでは、単に糖尿病治療に必要な情報であるということが、情報漏洩を許容する理由にはならず、守秘義務違反に当たるでしょう。一般的に、成人が「言わないで」と述べた情報は、本人の了承なしには共有できません。 ◆QOLの視点患者さんにとっては「単なる栄養ドリンク」ではない可能性も 「栄養ドリンクを飲むと元気になる」「乳酸菌飲料を飲むと体調がいい」などと考えている方に、それらのデメリットばかりを強調して摂取の中止を強制することは、必ずしも正解ではないのかもしれません。「娘が私のために買ってきてくれる」「これを飲んでいるお友達の○○さんは風邪を引かない」など、その商品にまつわるバックグラウンドがあり、本来の効果以上の価値や期待を有している可能性があります。単に、効果や害という一側面だけで、患者さんが大切にしている他者との関係やストーリーまで否定してしまっては、薬剤師が患者さんのNHR-QOL※を低下させてしまうことになるでしょう。 ※NHR-QOL(Non Health Related-QOL):患者さんの健康に直接関わらないQOLのこと。先端医療技術の進展によって、QOLは健康の測定指標にとどまらず、生命倫理の観点から広がりを持つようになった。詳しくは、「薬剤師の倫理的な判断に必要な5つの視点」で解説。 それぞれの対応は望ましい? 下の図は、さきほど選んでいただいた対応の一覧です。 あなたが選んだ対応が医療者として望ましい対応かどうか、次の記事では5 つの視点から問題を整理し、総合的に判断して、検証をしてみましょう。 ⇒【解説】治療方針に沿わない行動を口止めされたときどうするか?