亀田総合病院 東洋医学診療科南澤 潔 氏 イラスト:吉泉ゆう子 ひとことで「便秘」と言っても、患者さんの訴えは実にさまざまです。「便がなかなか出ない」というだけでなく「毎日出ているけどすっきりしない」や「硬くて痔になる」、「排便時に腹痛がある」、「ただお腹が張る」、「ガスが多い、臭う」などなど......患者さんはこれらを全部「便秘」という言葉で表現されることがあります。具体的にどのような症状であるかを把握するのが肝要です。 目次 本治に用いる漢方 半夏厚朴湯・加味逍遥散・大柴胡湯・大承気湯・桃核承気湯・補中益気湯・麻子仁丸・潤腸湯・大建中湯・真武湯・桂枝加芍薬湯・当帰建中湯・当帰芍薬散 標治に用いる漢方薬 大黄甘草湯 麻子仁丸 本治に用いる漢方薬 東洋医学的な考察により、病態に合った処方を選択します。 「気滞」が主因の患者さんでは、気の巡りを改善する半夏厚朴湯(はんげこうぼくとう)や加味逍遥散(かみしょうようさん)、大柴胡湯(だいさいことう)、また大承気湯(だいじょうきとう)や桃核承気湯(とうかくじょうきとう)などの承気湯類も候補です。 「気虚」の患者さんには気を補う補中益気湯(ほちゅうえっきとう)。 陰液が不足していれば陰液を補う麻子仁丸(ましにんがん)、潤腸湯(じゅんちょうとう)。 裏寒があれば裏を温める大建中湯(だいけんちゅうとう)や真武湯(しんぶとう)。 さらにこれら複数にまたがる桂枝加芍薬湯(けいしかしゃくやくとう)、当帰建中湯(とうきけんちゅうとう)、当帰芍薬散(とうきしゃくやくさん)など実にさまざまな処方が用いられます。 標治に用いる漢方薬 便秘の代表的な標治治療薬には、大黄と甘草の2味からなる大黄甘草湯(だいおうかんぞうとう)が挙げられます。センノシドよりも腹痛が起きにくいという患者さんもおられ、糖衣錠もあり、シンプルな下剤として使いやすいものです。高齢者の便秘では麻子仁丸が、エキス剤に含まれる大黄の量も多く頻用されます。ほかにも便秘の適応がある漢方処方は多数ありますが、全て大黄や芒硝(ぼうしょう)(塩類下剤)が含まれています。 刺激性下剤が入っているので当然便秘には有効ですが、前述したように長期連用はあまり好ましくはありません。 大黄が入っている漢方薬は多いのですが、必ずしも瀉下作用を期待して配合されているものばかりではなく、駆瘀血作用、清熱、鎮静作用が本来の役割です。 漢方治療をしていると、他の症状の治療のために通院されていた患者さんが、大黄などの下剤が含まれた処方を用いていないのに「最近、便通もいいんです。長年使っていた下剤が不要になりました!」と言われることをしばしば経験します。上に挙げたものに限らずいろいろな方剤でそのようになるのですが、この便秘≠下剤というのが漢方のユニークなところです。 刺激性下剤を使い慣れている患者さんは、連用は良くないと言ってもなかなか減量は難しいことも多いのですが、心身の異常を全部ひっくるめて診療し、その患者さん全体がどのようにすれば正常の方向に向かうか、を診断治療する東洋医学によって、一連の異常の1つとして、下剤を使わずとも便秘も改善するわけです。 ◆執筆者◆ 南澤 潔 氏 医学博士日本東洋医学会 漢方専門医・指導医日本内科学会 総合内科専門医・指導医日本救急医学会 救急科専門医 【ご略歴】1991年 東北大学医学部 卒業1991年 武蔵野赤十字病院 研修医1993年 富山医科薬科大学(現 富山大学)和漢診療科1995年 諏訪中央病院 内科1996年 成田赤十字病院 内科1999年 麻生飯塚病院 漢方診療科2001年 富山大学 和漢診療科2006年 砺波総合病院 東洋医学科 部長2009年 亀田総合病院 東洋医学診療科 部長