研究の背景:抗VEGF療法の登場で浮き彫りとなったアンメットニーズ 糖尿病網膜症(DR)は、就労可能年齢層における予防可能な視力喪失の主たる原因であり、その病態解明と治療法の開発は眼科領域における重要なテーマである。近年、抗血管内皮増殖因子(VEGF)療法の登場により、糖尿病黄斑浮腫(DME)の治療は劇的に進歩した。しかし、進歩は同時に、それまで有効な治療法が存在しなかった「糖尿病黄斑虚血(Diabetic Macular Ischemia;DMI)」という新たな臨床課題を浮き彫りにした。 DMIは、DRの根幹を成す網膜非灌流(Retinal Nonperfusion;RNP)が黄斑部に及んだ重篤な病態である。黄斑部の毛細血管が進行性に閉塞・消失することにより、神経細胞への酸素や栄養の供給が途絶え、最終的には神経細胞死を招き、不可逆的な視力喪失に至る。現在、DMIの進行を抑制、あるいは虚血状態を改善する効果が確立された治療法は存在せず、アンメットニーズが極めて高い疾患領域となっている。 このような状況下で、新たな治療標的としてSemaphorin 3A(Sema3A)が注目されている。Sema3Aは虚血状態の網膜で産生され、血管再生を妨げる蛋白質である。Sema3Aを阻害することで、網膜の虚血状態を改善できるのではないかという仮説に基づき、新規薬剤「BI 764524」(開発コード)が開発されている。今回は、この薬剤の安全性と初期の薬力学的作用を評価した初の臨床試験HORNBILL(Ophthalmol Sci 2025; 5: 100781)について考察したい。