医師は病態に基づき患者に対する食事療法の必要性を判断し、管理栄養士と連携して具体的な指導を行う。とはいえ、多忙な日常診療ではルーチンワークとして管理栄養士に食事指導を指示することもありうる。昨年(2025年)、Doctor's Eye腎臓内科領域で執筆を開始した東京医科大学腎臓内科学分野特任教授の菅野義彦氏は、臨床栄養学におけるオピニオンリーダーでもある。第29回日本病態栄養学会(1月30日~2月1日)で会長を務める同氏に、日常診療における臨床栄養の課題、医師に求められる臨床栄養との関わり方、同学会におけるトピックなどを聞いた。 食事の是正が生活習慣病の治療になるには病態への理解が不可欠 ―日本病態栄養学会はどのような学会でしょうか。 第二次世界大戦後はいかに効率よく栄養を摂取するかがテーマであったため、日本の栄養学はどの栄養素を何グラム摂取すべきかといった食品栄養学や素材栄養学がベースにある。しかし高度経済成長期以降は、食生活などの欧米化により肥満や糖尿病といった生活習慣病患者が増えると、今度は摂取過多への制限が重要なテーマになったが、やはり考え方は何を何グラム以上食べてはいけない、であった。食事の是正が疾患の治療になりうることを評価するには、病態の理解が求められる。 そこで、医師、栄養学研究者、管理栄養士が共同して病態研究を行い、効率のよい栄養療法の実践と新たな治療法の開発を目指し、1998年に日本病態栄養学会が設立された。 ―食事療法に対する医師の関心は必ずしも高くないように思います。 食事療法は「療法」であることから、診療ガイドラインにも記載されている。とはいえ、医師は必ずしも詳細に把握しているとは限らない。日本の医療は臨床栄養学抜きに発展したため、食事療法は医師が行うものではないという認識が昭和の時代から続いている。 医師はデータという客観的評価を重視するので、上司から言われなければ私自身、腎・高血圧領域における病態栄養学に携わることはなかっただろう。 日本腎臓学会の『慢性腎臓病に対する食事療法基準』が12年ぶりに改訂へ ―菅野先生は連載Doctor's Eyeで、食事療法のエビデンスづくりが困難である点を指摘していますね。 理由は、対象患者が各栄養素の摂取量が細かく決められた食事療法を遵守することが極めて難しく、薬物療法のように対照群との比較検討が困難である(関連記事「箸と塩を多用する国で食塩摂取量を減らす秘策」)。したがって食事療法は、そもそもエビデンスが成立しない領域であり、ガイドラインでは理屈と経験を踏まえた記載内容にならざるをえない。 そのような中、『慢性腎臓病に対する食事療法基準』(日本腎臓学会編、以下『食事療法基準』)が12年ぶりに改訂される。現行の基準をほぼ踏襲することにはなるが、蛋白質の制限をしなくてもよい患者の存在を打ち出す予定である。食事療法には適用と禁忌が示されていない。そのような意味において、『食事療法基準』に蛋白質の制限をしなくてもよい患者、つまり禁忌の考えを取り入れることで、問題となっている高齢患者のサルコペニアにも対応できる。 求められるフレイルを有するCKD患者への蛋白質の摂取指導 ―その他に食事療法を含む栄養管理の課題とは。 先述した点と重なるが、まずフレイルを挙げたい。 2024年度診療報酬改定で新設された「生活習慣病管理料」(I・II)を算定できるのは、腎臓領域では蛋白質を摂取させない指導である。しかし『食事療法基準』でも触れたように、今後求められるのはCKD患者であってもフレイルがあれば逆に蛋白質を摂取させる指導である。現時点でフレイルを適用とする薬剤がないため、フレイルは管理栄養士の存在価値を発揮できる領域といえる。 一般的に食事療法はお金がかからないと思われがちだが、蛋白質摂取量を増やすとなるとそれなりに食費の割合が大きくなる。管理栄養士の中には、何曜日だとあそこの魚屋で安く買えるなどの情報を織り交ぜながら指導する人もいるが、まれである。 したがって医師に求められるのは、栄養指導が必要不可欠な患者を選び出し、確実に指導を受けてもらうという視点である。 次に挙げる課題は治療食だ。そもそも治療食には定義がなく、強いて言えばPFCバランス〔食事からのProtein(蛋白質)、Fat(脂質)、Carbohydrate(炭水化物)の摂取比率〕をあえて崩すのが治療食である。治療食に関しては現在、日本栄養治療学会、日本病態栄養学会、日本臨床栄養学会が合同で疾患名と食種のひも付けに基づく治療食分類の見直しを行っている。現行の体系が約60年間続いていることから今後、より使い勝手の良いものになるだろう。 学会の参加費に相当する価値とはなにか ―いずれも第29回日本病態栄養学会のプログラムに組まれていますね。 『食事療法基準』や「治療食の見直し」は現時点における情報が発表される予定である。また、治療食の意義を踏まえた施設給食の在り方については、恵寿総合病院(石川県)理事長の神野正博氏が特別講演を行う。 認知症の危険因子であるフレイルに関しては、日本老年医学会との合同セッションとして認知症に対する栄養療法を取り上げる。 現在、さまざまな学会が増え、複数所属するのが当たり前となった。学会参加費用の一部を負担する医療機関もあるが、物価高騰の折、やはり学会員の負担は小さくない。その点を踏まえると、参加費に相当する価値とはなんだろうと考えさせられる。 新たな試みとして、今学会では参加者数の把握に加えどういう世代で、どういう職種の学会員が、どのセッションに参加したのかといった詳細を記録する。これにより来年以降のプログラム編成に反映できる。 また今学会では、あえてテーマを設けない「大会長と話そう―Meet the chairperson」という企画を設けた。特に発言が控えめな管理栄養士には、臨床で考えていることや直面する課題などを声に出してもらい、双方向コミュニケーションの場としたい。 食事療法が奏効する高齢患者では多剤併用が改善するケースも ―会長挨拶に「帰るときには『あー、面白かった』と言ってくださるのが目標」とあります。先生が経験した学会の面白さとは? 一例として日本高血圧学会を挙げたい。私が医師になったばかりの当時、会場は1会場のみでベテランも若手の医師も朝から晩まで同じ会場に集った。緊張はしたが、1会場であるが故に高血圧の最新トピックスを全て学べる面白さを経験できた。 わざわざ学会場に足を運ぶメリットは、面識がなかった学会員同士が情報交換できることだといえまいか。医師は発表を介して他の研究者と連携し、研究を膨らませていくことができるが、管理栄養士は前述の通り控えめだ。会場や電車内の席が隣同士だったりしたときに、医師も管理栄養士もこの演題が面白かったと声を掛け合えるような学会を目指したい。 ―医師は食事療法にどう関わればよいでしょうか。 複数疾患が併存するケースが多い生活習慣病患者では、それぞれの異常値に薬剤を処方するとあっという間に10種類に達してしまう。ところが食事療法が奏効すると、薬剤を幾つか減らせる患者がいる。 特に多剤併用が問題となっている高齢者患者においては、食事療法が奏効する可能性がある。食事療法の施行に協力できそうな家族と同居中の高齢患者がいれば、医師は患者家族を含め食事指導を受けるよう勧めてほしい。 (聞き手/編集部・田上玲子)