研究の背景:「低Mg=補正」という常識は通用しない? 心不全診療において電解質管理は基本事項であり、ナトリウム(Na)、カリウム(K)と並んでマグネシウム(Mg)も重要な位置を占めてきた。Mgは細胞内に豊富に存在する陽イオンであり、Na⁺/K⁺-ATPase活性、細胞膜電位の安定化、心筋収縮・弛緩、さらには血管トーンや炎症制御にも関与する。こうした生理学的背景から長年、低Mg血症は不整脈や突然死の危険因子として注目されてきた。 実際、1980~90年代の報告では、心不全患者において低Mg血症が高頻度に認められ、心室性不整脈や予後不良と関連する可能性が示唆されていた。そのため、心不全診療では「低Mg=補正すべき異常」という認識が半ば常識として共有されてきた経緯がある。 しかし、これらの研究が行われた時代と現在とでは、心不全診療の前提条件が大きく異なる。β遮断薬、ミネラルコルチコイド受容体拮抗薬(MRA)、アンジオテンシン受容体・ネプリライシン阻害薬(ARNI)、SGLT2阻害薬などの登場により、電解質環境や予後規定因子そのものが変化している。特にSGLT2阻害薬は血清Mg値を上昇させることが知られており、現代の心不全集団におけるMg異常の頻度や意義に関しては、過去の知見をそのまま適用できない可能性がある。 さらに近年、低値ではなく高Mg血症の方が予後不良と関連するという報告も散見されるようになったが、症例数や調整因子に限界があり、結論は一貫していなかった。こうした背景の下、Eur Heart J誌に発表された論文(2026; 47: 69-79)は、現代的心不全治療を受ける左室駆出率(LVEF)が低下した心不全(HFrEF)患者を多数含むGALACTIC-HF試験を用いて、この古くて新しいテーマに正面から取り組んだ点で注目される。