亀田総合病院 東洋医学診療科南澤 潔 氏 イラスト:吉泉ゆう子 近年、漢方薬の有効性に関するエビデンスが蓄積され、臨床現場で広く使われるようになってきました。突然の激しい腹痛や嘔吐に襲われるイレウスはその代表的疾患です。 大建中湯は、術後イレウスや癒着の予防などに対して効果が確立されています。ここでは、イレウスに対する漢方薬の適応患者や使い方を中心に見ていきます。 目次 現代医学的な考察 イレウスとは? 治療 東洋医学的な考察 ◎現代医学的な考察 イレウスとは? イレウス(腸閉塞)は、腸管の通過障害により飲食物や消化液が消化管内に滞留、逆流し、腹痛、嘔吐、腹部膨満、便秘などの症状が出る病態です。飲食物を吸収できなくなり、早期に栄養障害や脱水が起こるので、基本的に入院が必要となります。 イレウスは原因により「機械性イレウス」と「機能性(麻痺性)イレウス」に大別されます。機械性イレウスは、癒着、腫瘍、食塊や糞便などによる物理的な閉塞が原因になりますが、腹部手術後の癒着により腸管の捻転、屈曲、締め付けが起こる癒着性イレウスが多数を占めます。一方、機能性イレウスは、炎症や電解質の異常、また開腹術後の腸管運動回復遅延などによって起こる、腸管の運動異常が原因です※。 ※最近用語の見直しがなされており、腸管麻痺によるもののみを「ileus(イレウス)」と呼び、腸管内容が順調に通過しないもの全体を「intestinal obstruction(腸閉塞)」と呼ぶようになってきています。 治療 いったんイレウスとなった腸管は、内腔が拡張してパンパンに膨れてしまいます。ちょうどバルーンアート(風船細工)のようになり、引きつれた部分が元に戻りにくくなります。そのため、まずは腸管の内圧を下げて"風船細工状態"を解除することが必要です。また、消化液含め、腸管からの吸収が低下するため、電解質や水分のバランスが崩れるとともに脱水になっていきますので、その補正も行わなければなりません。加えて、腸管のバリア機能が障害されると腸内細菌が血中に入り込んでくることもあり、細菌移行(bacterial translocation)に伴う重大な合併症が引き起こされる可能性があります。 ■保存的治療 治療に際しては絶飲食とし、鼻からチューブ(胃管、イレウス管)を胃または小腸まで通して、消化管内に充満しているガスや液体を体外に排出することで減圧を行います。また、適切な輸液や必要に応じて抗菌薬の投与を行います。これらの治療が奏効すれば腸管内圧が下がって自然に再開通が起こり、再び消化管内容物が閉塞部位を越えて下流へと流れ出し、イレウスが解除されます。 腸管が緊満して蠕動不穏により腹痛が強い時期には抗コリン薬を用いますが、治療により消化管が減圧されてもなかなか内容物が流れ出さない場合は、腸管の運動を促進するために蠕動促進薬を用いることもあります。 ■手術治療 保存的治療が奏効しない場合には待機的に手術を行い、癒着剝離や引きつれ、ねじれや締め付けられた部分の閉塞を解除することが必要です。また、腸管が癒着部位で絞扼(こうやく)されるなどして、血流が障害される絞扼性イレウスとなると、早期に腸管壊死から重篤な菌血症を引き起こし生命に関わるので、緊急手術が行われます。 ■予防・治療に大建中湯が有効 それまで正常に機能していたのに、あるとき急に閉塞が起こる原因は、多くの場合明らかではありません。発症の予防には、消化の悪い食物の摂取を避けるなどがありますが、その他にあまり良い予防法や治療に使える薬はありませんでした。 ところが、1990年前後から大建中湯(だいけんちゅうとう)がイレウスの治療や予防に有効であるという報告がされ始め、徐々に使用が普及しました。現在では、多くの施設で腹部手術のクリニカルパスに載るほど一般的に用いられるようになりました。大建中湯は腸管の運動機能を改善させるという数々のエビデンスがあり、その作用機序として、消化管の運動促進作用、腸管血流の増加作用などが動物実験で確認されています。 ◎東洋医学的な考察 漢方の古典である『傷寒論』には、急にお腹が張って便が出なくなった病態についての記載が幾つかあり、大承気湯(だいじょうきとう)などの瀉下薬を短期間用いるとよいとされています。ただ、二千年ほど昔の話ですので、イレウスと重度の便秘が明確には区別されていなかったと考えられます。 また、当然ながらその時代に腹部手術は行われていません。開腹術後すぐの麻痺性イレウスという病態は、近年になって新しく経験されたことです。術後の癒着に伴うイレウスのような病態もあまりなかったと思われます。 しかし、現代医学的な病態を東洋医学的に解釈することは可能で、消化管内に吸収されない液体が貯留した状態は「水毒」と捉えることができます。緊満に伴って起こる軽度の血流障害は「瘀血(おけつ)」、蠕動が低下してガスが貯留しているような病態は「気鬱」と解釈できます。 ◆執筆者◆ 南澤 潔 氏 医学博士日本東洋医学会 漢方専門医・指導医日本内科学会 総合内科専門医・指導医日本救急医学会 救急科専門医 【ご略歴】1991年 東北大学医学部 卒業1991年 武蔵野赤十字病院 研修医1993年 富山医科薬科大学(現 富山大学)和漢診療科1995年 諏訪中央病院 内科1996年 成田赤十字病院 内科1999年 麻生飯塚病院 漢方診療科2001年 富山大学 和漢診療科2006年 砺波総合病院 東洋医学科 部長2009年 亀田総合病院 東洋医学診療科 部長