亀田総合病院 東洋医学診療科南澤 潔 氏 イラスト:吉泉ゆう子 目次 東洋医学的な考察 ◆月経不順の治療に使う漢方薬 ◆月経痛、月経困難症の治療に使う漢方薬 ◆月経前症候群(PMS)の治療に使う漢方薬 ◆更年期障害の治療に使う漢方薬 婦人科領域で活躍する漢方薬 東洋医学の考え方を知りたい! ◆「生理痛=芍薬甘草湯」は病名治療? ◆「本治」も「標治」も随証治療 ◎東洋医学的な考察 女性の月経と深く関わっている「肝」 東洋医学的には、月経関連症状で見られるような症状はさまざまな要因が考えられるので、基本的には各人に合わせた随証治療を行います。月経自体は五臓でいえば「肝」との関わりが深いと考えられています。 肝は「疏泄(そせつ)を主(つかさどり)」「血(けつ)を蔵し」、「筋を主り」、「魂(こん)を蔵す」といわれ、「気血を巡らせ」「血の供給を調整し」「筋肉(腱、筋膜、靭帯も含める)の緊張を制御し」「安定した精神活動の基本」とされている機能単位です。 ■月経不順 ◆気虚・血虚の場合当帰芍薬散 温経湯 当帰四逆加呉茱萸生姜湯 四物湯 人参湯類 補中益気湯 もともと「冷え性」や「虚弱」などがある女性では、気虚、血虚がよく見られます。正常な排卵、月経周期を維持するエネルギーが十分でないために、不順や無月経になったりすると考えます。冷え(寒)を伴うことが多く、これらの女性では当帰芍薬散(とうきしゃくやくさん)、温経湯(うんけいとう)、当帰四逆加呉茱萸生姜湯(とうきしぎゃくかごしゅゆしょうきょうとう)などがよく使われます。血虚に四物湯(しもつとう)を併用したり、人参湯類(にんじんとうるい)や補中益気湯(ほちゅうえっきとう)などの補脾剤、八味地黄丸(はちみじおうがん)や六味丸(ろくみがん)などの補腎剤が必要なこともあります。 ◆瘀血の場合桂枝茯苓丸 桃核承気湯 通導散 大黄牡丹皮湯 一方、虚弱ではないのに月経が不順な場合は瘀血(おけつ)が主に影響していることが多く、桂枝茯苓丸(けいしぶくりょうがん)、桃核承気湯(とうかくじょうきとう)、通導散(つうどうさん)、大黄牡丹皮湯(だいおうぼたんぴとう)などが用いられます。 ◆瘀血と気逆・気鬱(気滞)の場合加味逍遥散 柴胡加竜骨牡蛎湯 加味帰脾湯 抑肝散 半夏厚朴湯 香蘇散 桂枝加竜骨牡蛎湯 ストレスに関連して月経不順になる女性では瘀血に加えて気逆、気鬱が関わってきます。加味逍遥散(かみしょうようさん)、柴胡加竜骨牡蛎湯(さいこかりゅうこつぼれいとう)、加味帰脾湯(かみきひとう)、抑肝散(よくかんさん)などが適応になることがよくあります。半夏厚朴湯(はんげこうぼくとう)や香蘇散(こうそさん)、桂枝加竜骨牡蛎湯(けいしかりゅうこつぼれいとう)といった気剤を用いることもあります。 ■月経痛、月経困難症 芍薬甘草湯 桂枝茯苓丸 桃核承気湯 温経湯 当帰四逆加呉茱萸生姜湯 加味逍遥散 抑肝散 竜胆瀉肝湯 機能性の月経痛は、子宮平滑筋の過剰な収縮が一因であり、筋緊張の調節作用がある芍薬甘草湯(しゃくやくかんぞうとう)が適応となります。他方、子宮腺筋症などの内膜症、子宮筋腫などは、瘀血との関連が深いと考えられます。古典には「不通即痛(通じざればすなわち痛む」とあり、血の滞り(瘀血)が痛みのもととなるのは東洋医学的には当然と考えられます。桂枝茯苓丸や桃核承気湯など先にも挙げた駆瘀血剤や温経湯も、月経痛の治療によく適応になります。当帰四逆加呉茱萸生姜湯もしばしば有用です。 月経困難症では月経痛のみならず精神症状も現れますが、これも肝の失調のため「安定した精神活動」が営めなくなっていると考えれば道理です。加味逍遥散や抑肝散、時には竜胆瀉肝湯(りゅうたんしゃかんとう)などが用いられることがあります。 ■月経前症候群(PMS) 桂枝茯苓丸 当帰芍薬散 五積散 苓桂朮甘湯 連珠飲 PMSも月経周期前後の異常と考えれば、月経困難症と同様に考えられます。ただ、月経前の高温期はプロゲステロンの影響下にあるため、体温が高めであることに加えむくみやすく、水毒の影響が見られやすいようです。桂枝茯苓丸や当帰芍薬散、五積散(ごしゃくさん)の他、苓桂朮甘湯(りゅうけいじゅつかんとう)や連珠飲(れんじゅいん)も用いられます。これらの治療は例えば不妊治療にも通じ、女性の婦人科領域の治療に共通したメカニズムです。 更年期症状は「腎」の働きの低下 更年期は、基本的には男女を問わず五臓でいうと「腎」の衰えである「腎虚」になります。東洋医学の五臓における「腎」は「発育・生殖を主る」「骨を主る」と考えられており、実際にその衰えが老化現象、骨粗鬆症にもつながるわけです。 ■更年期症状 加味逍遥散 柴胡加竜骨牡蛎湯 五積散 温経湯 桂枝加苓朮附湯 毎月の複雑な変化がある女性では男性に比べ、ホルモン周期の消失の影響を受けやすく、腎虚症状にとどまらず、ホットフラッシュの他、心身に多彩な症状が現れます。 腎虚の症状として、抑うつ傾向や気力の低下が見られれば補腎剤が用いられます。むしろ問題になるのは自律神経症状や身体症状で、これらは気逆・気鬱や血虚、瘀血、水滞などが、しばしば非常に複雑に絡み合っています。加味逍遥散、柴胡加竜骨牡蛎湯などの他、多彩な作用を持つ五積散や温経湯、ときには桂枝加朮附湯(けいしかりょうじゅつぶとう)といった方剤も用いられます。 ◎婦人科領域で活躍する漢方薬 婦人科領域では漢方薬が使われる機会は多く、頻用される処方も数多いのですが、特に処方番号の連続した「㉓、㉔、㉕」(当帰芍薬散、加味逍遥散、桂枝茯苓丸)の3処方は、漢方非専門の医師でも頻繁に使用されます。他にも、漢方薬の書籍では温経湯、桃核承気湯、女神散(にょしんさん)などが記載されていることが多いようです。 東洋医学の考え方を知りたい! 「生理痛=芍薬甘草湯」は病名治療? 女性の体はひと月の間で大きく変化し、更年期にはさらに大きく変化します。この変化は個人差が大きく、患者さんの時々の状態変化も考慮して治療を行いますが、激しい月経痛に対しては標治的に、例えば芍薬甘草湯を用いたりします。これは一見「生理痛=芍薬甘草湯」と病名治療的で安直にも見えますが、痛みだけでなく精神症状なども考えて「月経による肝の失調からきている」と考えて処方される場合は、立派な随証治療といえます。 「本治」も「標治」も随証治療 一般に標治というのは病名治療と混同されがちですが、類義語は「対症療法」です。本治も標治も、東洋医学的な病態把握や考えに基づいてなされる場合は随証治療です。病名治療というのは、随証治療と対をなす言葉と考えればよいでしょう。東洋医学の概念でなく現代医学的な「病名」から東洋医学の薬である漢方薬を用いると、うまくいかないことも起こりがちです。 もっともこれは現代医学でも同じで、「胃痛ならH2ブロッカー」などと処方し、その「胃痛」が実は生理痛であったり盲腸(虫垂炎)であれば、全く見当外れですね。現代医学でも東洋医学でも、病態をきちんと把握して治療を行うことが基本であるのは同じなのです。 ◆執筆者◆ 南澤 潔 氏 医学博士日本東洋医学会 漢方専門医・指導医日本内科学会 総合内科専門医・指導医日本救急医学会 救急科専門医 【ご略歴】1991年 東北大学医学部 卒業1991年 武蔵野赤十字病院 研修医1993年 富山医科薬科大学(現 富山大学)和漢診療科1995年 諏訪中央病院 内科1996年 成田赤十字病院 内科1999年 麻生飯塚病院 漢方診療科2001年 富山大学 和漢診療科2006年 砺波総合病院 東洋医学科 部長2009年 亀田総合病院 東洋医学診療科 部長