編集部・平田直樹の一押し記事 「膝OAへのPRP療法に「適応と限界」」 2025年6月19日掲載 わらをもすがる思いの患者を待ち受ける誇大広告 変形性膝関節症(膝OA)は、有症状者だけで1,800万人とも推定される整形外科領域で最もポピュラーな疾患の1つである。 治療としては、人工膝関節置換術が極めて有効で、疼痛の大幅な軽減、歩行機能の改善が期待できる。感染や深部静脈血栓症のリスクはあるものの、予防策は確立されている。耐用年数も延長しており、15年とも20年ともいわれる。さらに最新の研究によると、単顆置換術と全置換術で10年時の有効性と安全性に差はなく、費用効果および健康便益は前者の方が優れていた(関連記事「人工膝関節、10年後の費用効果は全置換<単顆置換」)。低侵襲化が進むと、ますます普及しそうだ。 ただし、多くの患者にとって手術はやはり最後の手段。膝OAの保存療法に目を向けると、手術とは対照的にお寒い状況にある。医療機関で一般的に処方される非ステロイド抗炎症薬(NSAID)の内服・外用薬、ヒアルロン酸の関節内注射などは対症療法にすぎず、鎮痛効果は限定的で人工関節に遠く及ばない。軟骨の保護・修正を可能にする原因療法の確立を目指して新薬の開発も進められているが、臨床導入には至っていない。 このような状況で、患者はわらをもすがる思いで健康情報を渉猟する。そこで待ち受けるのは、健康食品・サプリメントの誇大広告だ。あたかも痛みから解放されるような甘言を弄するが、日本整形外科学会の『変形性膝関節症診療ガイドライン2023』では、代表的なサプリメントであるグルコサミン、コンドロイチン、ビタミンDについて膝OAに対する有効性を否定し、「コストは患者にとって受容できるものとはいえない」と断じている。 抑制的な評価に感じた医学人としての良心 保存療法に満足できず、手術に踏み切ることもできない膝OA患者はきっと、「第3の治療法」の宣伝文句にくぎ付けになるに違いない。多血小板血漿(PRP)療法に代表される再生医療のことだ。 現在、PRP療法は膝OAに対しては保険適用されておらず、自由診療で行われている。膝OAへの再生医療を専門とする自由診療クリニックが林立する状況にあり(関連記事「暴走する『膝OA自由診療』にお手上げ」)、派手なテレビコマーシャルを流して「軟骨の再生」をうたうが、前述のガイドラインは「信頼に足る効果判定はできなかった」と判断を保留している。 第98回日本整形外科学会(5月22~25日)を取材した私には、PRP療法に対する理解が不足していた。順天堂大学がPRP療法を積極的に進めていることは知っていたので、同大学運動器再生医学講座特任教授の齋田良知氏の発表は、PRP療法の有効性を強調するものだろうと想像していた。 しかし、同氏の口から発せられたのは「PRP療法は再生医療ではない」「第3の治療法ではなく、保存療法の1つの選択肢」と抑制的な評価だ。 同氏によると、PRP療法は組織を再生しているわけではなく、成長因子やサイトカインが間葉系細胞や免疫細胞に作用して、組織修復・抗炎症作用を発揮するのが作用機序。奏効率は60%で、重症度の高い膝では治療効果が減弱する。「現時点では適応と限界を考慮して、他の治療法も視野に入れた上で治療選択すべき」と主張した(関連記事「膝OAへのPRP療法に『適応と限界』」)。 PRP療法を全面肯定する再生医療クリニックとの違いに、医学人としての良心を感じたと言えば、僭越に過ぎるだろうか。 患者をミスリードしない この取材が縁となって、齋田氏にはMedical Tribuneウェブの連載Doctor's Eyeの執筆陣に加わってもらった。12月公開記事では、前十字靭帯再建術に対するPRP療法の有効性を否定したメタ解析とランダム化比較試験(RCT)を吟味し、論文の結論だけ読んで、「前十字靭帯再建術に対してPRP療法は無効」と決めつけることは、PRP療法が有効な一部の患者の治療機会を奪ってしまうと指摘している(関連記事「ACL再建後のPRP療法は本当に『意味がない』のか?」)。 同氏は連載名にかけて、臨床家には患者をミスリードしないために、医学情報を自身の目で読解するDoctor's Eyeが必要だと主張する。PRP療法について前述の学会発表では全面肯定せず、12月の記事では全面否定を避けた。 インターネット上の健康情報はとかく極端に走りがち。迷える患者のために、Doctor's Eyeを持って等身大の医学情報を伝えてくれる医師が増えることを願いたい。