私の一押し記事

医療費問題、世代間対立への矮小化を避けよ

高額療養費上限引き上げをめぐって

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編集長・平山茂樹の一押し記事
どうなる!? 高額療養費の上限引き上げ(1月の医療ニュース解説)
2025年2月20日掲載
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社会保険の原則と齟齬

 今年(2025年)、医療費に関して最も波紋を広げたのは高額療養費の上限引き上げ問題である。政府は昨年11月から厚生労働省社会保障審議会医療保険部会で議論を積み上げ、同年12月27日に引き上げ案を閣議決定。年明けからの通常国会で審議されたが、患者団体や世論の強い反発を受け、3月に石破茂総理(当時)が「凍結」を政治決断した。その後、医療保険部会下の専門委員会で年内結着をめどに議論が行われ、12月24日、上野賢一郎厚労相、片山さつき財務相による来年度予算案の閣僚折衝で見直し案が合意された。

 当初示された政府案では、今年8月以降の上限額の引き上げ幅(1年当たり)は年収が約370万~770万円の患者で約8,000円(8万100円→8万8,200円)、年収約770万~1,160万円の患者で約2万円(16万7,400円→18万8,400円)、年収約1,160万円以上の患者で約4万円(25万2,600円→ 29万400円)とされ、2027年8月以降は年収区分をより細分化した上で引き上げるとされた。年収が高いほど引き上げ幅が大きく、患者の「応能負担」原則を強く進める方向での変更案であった。今回の見直しで当初の引き上げ幅は抑制されたものの、年収が約650万〜770万円の患者で2027年に約3万300円(8万100円→11万400円)上がるなど、依然として患者負担の大きい内容となっている。

 浜松医科大学教授で医療法学が専門の大磯義一郎氏は、高額療養費の上限引き上げについて、「そもそも、社会保険制度の原則と齟齬を来している」と指摘する。患者が窓口で支払う自己負担金は、ドクターショッピングなどのモラルハザードを防ぐために保険の免責分として設定されたものである。上限の引き上げにより、毎月保険料を支払っているにもかかわらず、モラルハザード防止目的の自己負担金のために患者が治療を受けられないのはおかしいのではないか、というわけだ。

「高齢者 vs. 現役世代」という罠

 では、なぜこうした無理のある案が登場したのか。政府は「医療の高度化による高額療養費の増大」「物価・所得上昇分への対応」と説明する。他にも、「異次元の少子化対策」(岸田文雄政権)への財源捻出が必要だったとの見方もある。他方、一連の医療費削減の流れを踏まえると、政治による応能負担原則の重視も背景にあるように思われる。

 医療費の応能負担原則は、この数年で支払い能力のある高齢者の自己負担が徐々に引き上げられてきたことからも分かるように、高齢者 vs. 現役世代という世代間対立の枠組みで語られる場合が多い。今年7月の参院選では、日本維新の会(維新)が現役世代の負担を軽くするために「社会保険料を下げる」を前面に掲げ、国民民主党は「手取りを増やす」というキャッチフレーズで大幅に議席を伸ばした(関連記事:「【参院選2025】若者重視に落とし穴!?「国民民主ジェネリック」現象とは」)。維新は高額療養費の上限引き上げには反対だが、病床削減、OTC類似薬の保険給付見直しなど医療費削減を政策の一丁目一番地に掲げる以上、連立与党として姿勢が変化する可能性もある。

 高額療養費の上限引き上げは、応能負担原則の徹底、医療費削減という風潮の下、弱い立場にある難病患者の負担を増やす施策のようにも見える。現役世代の「手取り」を増やすことが患者への皺寄せに帰結していないか、見極めたい。

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