「糖尿病に降圧薬を処方する」整形外科医

紐付けされた非科学的な鎮痛効果

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研究の背景:「言葉のすり替え」4段論法で市場拡大

 怒られる前に断っておくが、タイトルは「モノの例え」である。整形外科の医療現場で実際に起こっている非科学的な「言葉の紐付け」による理不尽な市場拡大を、内科バージョンに例えてみたものである。これによって内科の先生方が、善良な日本の整形外科医が製薬企業の詭弁によって餌食にされ続けている現状を理解してくれるとありがたい。ついでに、私の連載への内科の先生方のアクセス数が増えてくれると、もっとありがたい。

<整形外科の現状>

Step1:ミロガバリン〔商品名タリージェ:プレガバリン(商品名リリカ)と同じα2δリガンド〕は、帯状疱疹後神経痛、糖尿病神経障害性疼痛、脊髄損傷後疼痛の3疾患に対して有効性が実証されている
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Step2:帯状疱疹後神経痛+糖尿病神経障害性疼痛=末梢性神経障害性疼痛、脊髄損傷後疼痛=中枢性神経障害性疼痛、2つまとめて神経障害性疼痛である
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Step3:神経障害性疼痛の中には脊柱管狭窄症をはじめ、坐骨神経痛、腰痛、関節痛など多くの整形外科疾患の疼痛が含まれる
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Step4:ミロガバリンはこれら多くの整形外科疾患の疼痛に有効である

<内科バージョンへの例え>

Step1:降圧薬は、高血圧に対して有効性が実証されている
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Step2:高血圧は生活習慣病である
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Step3:生活習慣病の中には糖尿病が含まれる
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Step4:降圧薬は糖尿病に有効である

 すなわち、「ミロガバリンを多くの整形外科疾患の疼痛に処方する」ことは「降圧薬を糖尿病に処方する」ことに等しい。この自然科学とはかけ離れた人文科学的「言葉のすり替え」4段論法によって、現在、ミロガバリンは整形外科の現場において、鎮痛薬として多くの患者に処方されているのである(Expert Opin Pharmacother 2022; 23: 273-283)。

 プレガバリンの市場拡大のためにファイザー日本法人が用いた戦略と同じである(関連記事「ガバペンチノイドは疼痛万能薬にあらず」「今年3月は日本の整形外科にとって分水嶺」)。

 この「言葉のすり替え」戦略はマンマと大成功を収め、その結果、副作用による多くの患者被害と年間数百億円という国民医療費の浪費・国外流出を生んだ。あきれたことにファイザー日本法人は、プレガバリンが2017年に物質特許が切れた後も、後発品メーカーと3年半にわたって特許をめぐる係争を繰り広げたという執着ぶりである。情けないのは、この非科学的な戦略を、日本を代表する製薬企業である第一三共がミロガバリンの市場拡大のために、そっくりそのまま模倣したことである。

 本稿の結論は、「ミロガバリンはメジャーな整形外科疾患の疼痛には効かない」ということであるが、まず話の取っかかりとして、最近公刊されたミロガバリンの脊髄損傷後疼痛に対する第Ⅲ相(P3)試験の論文を紹介する(Neurology 2023;100: e1193-e1206)。

川口 浩(かわぐち ひろし)

1985年、東京大学医学部医学科卒業。同大学整形外科助手、講師を経て2004年に助教授(2007年から准教授)。2013年、JCHO東京新宿メディカルセンター脊椎脊髄センター・センター長。2019年、東京脳神経センター・整形外科脊椎外科部長。臨床の専門は脊椎外科、基礎研究の専門は骨・軟骨の分子生物学で、臨床応用を目指した先端研究に従事している。Peer-reviewed英文原著論文は320編以上(総計impact factor=2,011:2022年9月現在)。2009年、米国整形外科学会(AAOS)の最高賞Kappa Delta Awardをアジアで初めて受賞。2011年、米国骨代謝学会(ASBMR)のトランスレーショナルリサーチ最高賞Lawrence G. Raisz Award受賞。座右の銘は「寄らば大樹の陰」「長いものには巻かれろ」。したがって、日本の整形外科の「大樹」も「長いもの」も、公正で厳然としたものであることを願っている。

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