ノーベル生理学・医学賞の利根川進さん死去、86歳…生物学の常識覆す大発見で日本人初の受賞(読売新聞)
【ワシントン=中根圭一】高等動物の体で病原体などを攻撃する多様な抗体が作られる仕組みを明らかにし、1987年に日本人として初めてノーベル生理学・医学賞を受賞した米マサチューセッツ工科大(MIT)教授の利根川進(とねがわ・すすむ)氏が11日、死去した。86歳だった。
インタビューに答える利根川進さん(2014年)
MITが15日、発表した。「利根川氏は、免疫学や神経科学など様々な分野で鋭い洞察力を発揮した著名な分子生物学者だった。80年代初頭、免疫系がどのようにして驚くほど多様な抗体を生み出すのかを解明した」と業績をたたえた。
利根川氏は愛知県生まれ。京都大を卒業後、渡米して分子生物学などを学び、スイスのバーゼル免疫学研究所で免疫の仕組みを解明する研究にあたった。
人間など高等動物の免疫細胞が、体に侵入した異物に対応し、遺伝子の数よりはるかに多い種類の抗体をどうやって作るかは、免疫学の大きな謎だった。利根川氏は、抗体の遺伝子が、成長の過程で組み換えられ、この組み合わせによって多種多様な抗体ができることをマウスのDNAを分析した実験で解明した。
遺伝子が再編成されることを明らかにした成果は、生物学の常識を覆す大発見となった。最先端の手法を駆使し、免疫学に応用した着想も評価された。これらの業績により、84年に文化勲章を受章、87年に48歳でノーベル生理学・医学賞を単独で受賞した。文部科学省の資料によると、受賞につながる研究に従事したのは39歳の頃だった。
その後も新しい研究対象を求めて脳科学を志し、意識や記憶のメカニズム解明に取り組んだ。MITによると、2013年には、脳の海馬に「エングラム」と呼ばれる記憶領域が存在することを発見したと発表した。
MIT教授に1981年に就任した。2009~17年に日本の理化学研究所脳科学総合研究センター長を務めた。
利根川氏は22年、MITのピカワー学習記憶研究所が発行したニュースレターのインタビューで「科学者になろうと決めた時、私が何をすべきかを決める基準は、自分が取り組む科学的な問題が面白いかどうか、つまり、自分が興味を持てるかどうかだった。リスクが高すぎるのではないか、自分がよく知らない分野に踏み込むことで本当にキャリアを築けるのか、といったことは考えもしなかった。そんなことは全く頭に浮かばなかった。ただ、自分の好奇心と直感に従っただけだった」と話していた。
(2026年7月16日 読売新聞)
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