知識は忘れやすい、手続きは忘れにくい
獨協医科大学埼玉医療センター こころの診療科
井原 裕

医療事故の中には、薬剤師の眼から見て「そんな常識的なことも知らないのか」とあきれるものもあると思います。現場には、確かに「そんな常識的なことも知らない」人がいるのです。
①インスリンのバイアル製剤は、100単位/mLに濃度が統一されている。
②インスリンのバイアル製剤を使用する際は、専用注射器を用いるべきである。
おそらく、これらは薬剤師には常識でしょう。でも事故は頻発しています。「看護師が400単位のヒューマリンRを注射してしまった」、「後期研修医が『ヒューマリンR持続静注、1時間0.5mL』の指示を出し、看護師がそれに従った結果、1時間50単位が投与されてしまった」などです(日本医療機能評価機構: 医療安全情報 No.131より改変引用)。
これは、それぞれ「4単位のヒューマリンR」、「ヒューマリンR持続静注、1時間0.5単位」でなければならなかったのです。いずれもインスリン単位と、mLとを混同したことから生じた事故です。加えて後者は、研修医がヒューマリンR注のみを処方し、これを受け看護師が原液20mLを注射器に吸って、シリンジポンプにセットし、1時間0.5mLで開始したという事実がありました。どちらも知識不足だっただけでなく、インスリン専用注射器を使わなかったというミスがあたったのです。
現場は、インスリン単位に慣れたスタッフだけではありません。各診療科を1カ月ごとに回っている研修医がいます。看護学校を卒業したばかりの新人看護師もいます。薬剤師だって、新人時代があったはずです。
日本医療機能評価機構の総合評価部会は、「インスリンのバイアル製剤は1単位が0.01mLであることの教育」を徹底するよう指導しています。つまり、①を常識にするようにということです。私は、常識にすべきはむしろ②の方だと思います。①は知識であり、②は手続きです。覚えた知識は忘れやすいが、覚えた手続きは忘れにくいからです。
人の記憶には、知識(宣言的記憶)と手続き(手続き記憶)があります。頭で記憶するのが前者、体で記憶するのが後者です。全ての人がこれら2種の記憶を持っています。言葉で説明して理解することと、実際の行動で表現することとは別です。自転車に乗れる人でも、乗り方を説明できるとは限りません。乗り方を説明できなくても、乗れればそれでいいのです。キーボードのブラインドタッチが速い人も、「Tの右隣のキーは?」と突然問われたら、正しく答えられないでしょう。でも、「『東京』の文字を打ってみよ」と言われたら、瞬時にできます。これらは、知識の記憶が曖昧でも、手続きの記憶は正確である好例です。この点を踏まえた指導を、現場で行うべきだと思います。
もちろん、①だって知っておくべきでしょう。でも、②を徹底すれば、たとえ①を失念しても医療ミスは起きません。知識は間違いやすい。手続きは間違いにくい。この原則は、医療安全を考える際にも重要だと思われるのです。
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