亀田総合病院 東洋医学診療科南澤 潔 氏 イラスト:吉泉ゆう子 目次 処方解説 本治に用いる漢方薬 標治に用いる漢方薬 漢方薬の副作用 ◎処方解説 1.本治に用いる漢方薬 ◆熱と瘀血の症例温清飲 荊芥連翹湯 柴胡清肝散 赤黒く変色し、痒みや痛みを伴う湿疹は熱と瘀血の病態であることが多く、処方としては血虚と瘀血に対応する方意を持つ温清飲やそれを包含する一連の処方群、荊芥連翹湯(けいがいれんぎょうとう)や柴胡清肝散(さいこせいかんさん)がよく用いられます。両者は一貫堂医学※で「解毒証体質」に当たる慢性的な炎症を起こしやすい体質の人に用いるために、日本でアレンジされた処方です。メーカーによっては同じ名前でも、一貫堂処方と異なる生薬構成のエキスをつくっている場合もありますので注意が必要です。 ※明治~昭和初期に活躍した名医 森道伯翁が確立した漢方処方。以前は「解毒証体質」は結核感染を起こしやすい体質を指したが、現代ではアレルギーや慢性扁桃炎、蓄膿症など広く慢性炎症を起こしやすい体質に用いられる。 ◆熱と水毒が強い症例白虎加人参湯 消風散 越婢加朮湯 茵蔯蒿湯 竜胆瀉肝湯 五苓散 猪苓湯 清熱作用の強い石膏を含む方剤、白虎加人参湯(びゃっこかにんじんとう)や消風散(しょうふうさん)、水毒を伴えば越婢加朮湯(えっぴかじゅつとう)などを使用します。石膏は含まれませんが、熱と水毒を伴い痒みの強い例や蕁麻疹症例では茵蔯蒿湯(いんちんこうとう)や竜胆瀉肝湯(りゅうたんしゃかんとう)が効果を示すことがあります。水毒を改善する処方である利水剤として五苓散(ごれいさん)や猪苓湯(ちょれいとう)を併用することもあります。 ◆瘀血の症例桂枝茯苓丸 腸癰湯 大黄牡丹皮湯 通導散 桃核承気湯 桂枝茯苓丸(けいしぶくりょうがん)、腸癰湯(ちょうようとう)、大黄牡丹皮湯(だいおうぼたんぴとう)、通導散(つうどうさん)、桃核承気湯(とうかくじょうきとう)などが用いられます。 ◆虚に陥った症例四逆湯 十全大補湯 補中益気湯 一方、虚に陥っている患者では、ときには四逆湯(しぎゃくとう)のような附子が主役となる方剤を要することもありますが、煎じ薬になってしまいます。通常はそこまで必要ではなく、十全大補湯(じゅうぜんだいほとう)や補中益気湯(ぽちゅうえっきとう)のような気血双補の薬を前述の清熱剤と組み合わせて用います。 ◆幼児・小児のアレルギー症例黄耆建中湯 小建中湯 柴胡桂枝湯 幼児・小児のアレルギーマーチ症例などは、黄耆建中湯(おうぎけんちゅうとう)や小建中湯(しょうけんちゅうとう)がさまざまなアレルギー症状を改善してくれることがあります。「中焦を建て直す」という意味を持つ建中湯は、現代医学的に考えれば「消化管を強化する」と言った意味合いです。個人的には腸管免疫を介して体質を改善しているのではないかと考えています。柴胡桂枝湯(さいこけいしとう)も小児の体質改善に用いられることがあります。 2.標治に用いる漢方薬 梔子柏皮湯 当帰飲子 葛根湯 大柴胡湯 温経湯 清上防風湯 桂枝茯苓丸加薏苡仁 梔子柏皮湯(ししはくひとう)は、清熱と痒みを抑える作用に優れた処方で、対症的に使用することがあります。痒みを訴えるものの皮疹の乏しい高齢者などでは、当帰飲子(とうきいんし)が奏効することがよくあります。 病名的には蕁麻疹では葛根湯や大柴胡湯(だいさいことう)が、湿疹では温経湯(うんけいとう)などが、ニキビでは清上防風湯(せいじょうぼうふうとう)、桂枝茯苓丸加薏苡仁(けいしぶくりょうがんかよくいにん)が保険適用となっています。薏苡仁は実はハトムギです。ハトムギは昔から水イボに有効とされ民間療法にもなっているようですが、HPV(human papillomavirus)を抑制する効果があるともいわれます。漢方では利水作用が期待されて配合されます。 漢方薬の副作用 安全神話の崩壊 天然の草根木皮などから成る漢方薬は、一般的に副作用は少ないと思われているようです。実際、注意すべき副作用はさほど多くはありません。しかし、まれながら重大な有害事象が出ることもあります。 薬剤師の方々はご存知と思いますが、1990年代に小柴胡湯が慢性肝炎に幅広く用いられ、一時期全国で100万人以上に投与されたともいわれています。ところが、当時は漢方薬に関する知識が今よりもさらに乏しく、「天然の薬だから安全で副作用はない」と盲信されていたことすらあったようで、有害事象として間質性肺炎が発症した際にも発見が遅れがちだったようです。結果として、不幸にも10名余りの患者さんが命を落としました。発症頻度は10万人当たり4名程度とまれではあるのですが、最も注意が必要な重篤な副作用です。 早期発見のための情報提供 早期発見が何よりも重要で、万が一にも漢方薬の服用中に発熱、乾性咳嗽、息切れが出現した際には、直ちに服薬を中止して受診するよう指導をお願いします。 原因生薬としては黄芩(おうごん)の関与が疑われています。また、黄芩は肝障害を起こすこともあります。湿疹で用いられる処方は、今回述べたように黄連解毒湯が含まれていることが多いのですが、黄連解毒湯は余分な熱を去る黄連(おうれん)、黄芩、黄蘗(おうばく)、山梔子(さんしし)の4つの生薬から成る処方です。とても有用な薬ですが、最近では山梔子を長期にわたって使っている患者さんに、腸間膜静脈の石灰化や大腸の線維化が起こるのではと注目されています。 OTC薬でも注意喚起を 黄芩と山梔子は清熱作用を持つ生薬の組み合わせとして幅広く使われており、OTC 薬でもいわゆる「やせ薬」や膀胱炎、咳痰に対する薬にも入っていることがあります。しかも、これらの多くは商品名からは漢方薬とは分からないようなネーミングとなっています。 うまく使えば実に有用な漢方薬ですが、多くの人が考えている以上に強力な作用を持っています。そして薬である以上、その使用に当たっては適切な注意を怠らないよう、薬剤師の方々は患者さんへの指導をお願いします。 ◆執筆者◆ 南澤 潔 氏 医学博士日本東洋医学会 漢方専門医・指導医日本内科学会 総合内科専門医・指導医日本救急医学会 救急科専門医 【ご略歴】1991年 東北大学医学部 卒業1991年 武蔵野赤十字病院 研修医1993年 富山医科薬科大学(現 富山大学)和漢診療科1995年 諏訪中央病院 内科1996年 成田赤十字病院 内科1999年 麻生飯塚病院 漢方診療科2001年 富山大学 和漢診療科2006年 砺波総合病院 東洋医学科 部長2009年 亀田総合病院 東洋医学診療科 部長