反証する症例報告
研究の背景:症例報告は軽視され過ぎている!
今回紹介する論文は僕の書いた論文である。また宣伝かよ、と思われた方。すみません。
でも、論文は「読んでもらうために」書くわけで、読んでください、とアピールするのは少しも悪いことではない......と思う。
で、僕たちが書いた今回紹介する論文はケースレポート、症例報告である。
世の中には、2種類の医療者がいる。症例報告なんて意味がないと主張する人たちと、症例報告は大事だという人たちだ。
というのは、ちょっと世の中を単純化し過ぎかもしれない。しかし、当たらずともいえども遠からずだ、とは思う。僕が「症例報告出しました」と言うと、たいていは「ああそうですか」と興味なさそうに言われるか、「え?どんなケースですか?」と目を輝かせて反応されるか、のどちらかであるからだ。
では、僕の意見はどうかというと、「症例報告は大事だ。しかし、日本では症例報告を雑に扱い過ぎる」である。
日本の諸学会に参加して残念に思うのは、症例報告の質が低いことだ。特に地方会とか大学のセミナーなどでの報告は、非常に、非常に質が低い。
どうして質が低いかというと、最初から症例報告をなめてかかっているからだ。
まず、症例報告は若手がやるべき学会発表の入門編、と考えている人が非常に多いのが問題だ。研修医はそう考えているし、指導医もそう考えている。だから、僕が症例報告を書いたというと、少し驚かれたりする。大学教授になってもまだ症例報告を書くのかと。
書くに決まっている。年齢が上がったからといって、興味深い症例に遭遇しなくなるわけはないのだから。臨床を続けていれば、の話だが。今年に入ってファーストオーサーとして執筆、アクセプトされた症例報告は今回紹介するものを含めて3例、部下と一緒に書いたものが1例、これから書く予定のケースもたくさんある。時間がなくて書けていないだけだ。
多くの指導医は「症例報告なんて、俺様が書くようなものじゃない」とさげすむ。研修医に「先生も、そろそろ学会デビューしてみない。なあに、軽く症例報告とかでいいからさ」と、何気に症例報告をdisる。
したがって、その内容はお粗末になりやすい。「当院におけるなんとかな一例」となり、結語が「なんとかな一例を経験した」で締めくくられる。「経験した」だけがメッセージなら、学会で発表することじゃない。うちの娘の夏休みの宿題レベルなことを、研修医がやってはいけない。
ちなみに、感染管理の領域では、やはり看護師や薬剤師に「そろそろ学会発表やってみない?」と、気軽で手軽な学会発表をさせているが、あれも問題だ。院内データを集めて統計ソフトをいじって、「当院におけるなんとかかんとか」を発表する。「当院における......」と書いてある演題は全部、自動的にリジェクトすればいいのに、と思っているくらいだ(笑)。
僕が最初に書いた論文は症例報告だったが、それはそれは厳しく指導医に手直しされたものだった。歩行障害を中心とした神経症状のケースで、街で売られていた笑気(亜酸化窒素)が原因だった。
Iwata K, O'Keefe GB, Karanas A. Neurologic problems associated with chronic nitrous oxide abuse in a non-healthcare worker. Am J Med Sci. 2001 Sep; 322(3): 173-174.
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岩田 健太郎(いわた けんたろう)

1971年、島根県生まれ。島根医科大学卒業後、沖縄県立中部病院、コロンビア大学セントルークス・ルーズベルト病院、アルバートアインシュタイン医科大学ベスイスラエル・メディカルセンター、北京インターナショナルSOSクリニック、亀田総合病院を経て、2008年より神戸大学大学院医学研究科教授(微生物感染症学講座感染治療学分野)・神戸大学医学部付属病院感染症内科診療科長。 著書に『悪魔の味方 — 米国医療の現場から』『感染症は実在しない — 構造構成的感染症学』など、編著に『診断のゲシュタルトとデギュスタシオン』『医療につける薬 — 内田樹・鷲田清一に聞く』など多数。
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