〔編集部から〕バレエダンサーの足部障害、音楽家の上肢障害やジストニア、オペラ歌手の声帯炎――。舞台芸術の現場には、特殊な医学的課題が潜んでいます。本連載では、第一線で活躍する医師たちが、舞台医学(Stage Medicine)の奥深い世界と実際の症例を通じて、この新しい医療分野の魅力はもちろん、日常診療に役立つヒントをお届けします。 背景:留学経験を基にPAM外来を開設 舞台医学(Stage Medicine)、Performing Arts Medicine(PAM)は、音楽家やダンサー、俳優などのパフォーミングアーティストに生じる身体的・心理的問題を扱う分野である。スポーツ医学と通底する部分は多いが、その本質は「勝敗」を支える医療ではなく、「表現」を支える医療にある。 私自身は整形外科医として手外科を専攻しており、演奏家の患者を診療する機会が多い。演奏家にとって重要なのは、「自身の思い通りに演奏できるか」という機能的回復である。医療者には、演奏という高度に専門化された動作を理解し、その再獲得を支援する視点が不可欠となる。 私はドイツのCharité - Universitätsmedizin Berlin、英国のBritish Association for Performing Arts Medicine(BAPAM)Clinic、そしてUniversity College London(UCL)大学院でPAMを学んだ。Charitéでは大学病院内に音楽家専門外来が設置され、診療科横断的ネットワークの下、必ず演奏観察を行う体制が整っていた。BAPAM Clinicは迅速・無料で専門医にアクセスできる仕組みを有する一方、継続診療については私費に委ねられるなど制度的課題を抱えている。欧州において、PAMは既存専門科を修了した医師が選択するサブスペシャリティとして位置付けられ、一定の成熟を示している。 帰国後、千葉大学病院整形外科手外科グループにおいてPAM外来を開設した。現在は毎週月曜に初診・再診を行い、音楽家の上肢機能障害を中心に診療に当たっている。診察室には電子ピアノを備えている。また現在、ピアニストのリハビリテーションについては、楽譜・楽器を用いた早期演奏復帰プログラムを実施しているのも特徴である。 診療の要諦は、①演奏歴や練習習慣、レパートリー変更などを確認する詳細なPerformance profile、②実際の演奏観察、③早期演奏復帰を目指した段階的リハビリテーション-の3点である。上肢障害評価スコアのQuick Disabilities of the Arm, Shoulder and Hand(QuickDASH)における芸術活動スコアは、通常診療では捉えにくい「パフォーマンス機能」の指標となるため、初診時と数カ月後など、定期的に聴取すると参考になる。