1970年:「佐久の奇病」の真相...国を痛罵した東大講師
昭和45年12月3日号
この病気のことを知っている者は、編集子の周囲に1人もいませんでした。
1970(昭和45)年12月3日発行のMedical Tribune紙は、10月24~25日に東京で開かれた第24回日本臨床眼科学会の模様を見開き2ページで、フォトレポート風に報じています。目に飛び込んでくるのが「佐久の奇病」の文字。当時、長野県佐久地方で学童を中心に集団発生した眼病でした。農薬が原因だと主張する東京大学眼科講師の石川哲氏に対し、激しい反論が行われたと記事は伝えています。
同学会において石川氏が発表した研究内容は、同年7月30日号で先行報道しています。それによると、①検査所見としてはコリンエステラーゼ値が低下しており、②両眼視力低下、周辺視野狭窄、屈折異常、神経症状などの症状が共通して見られ、③農業用水路で遊んだ、農薬に触れた、野菜・果物が好物などの特徴が認められる―。これらのことから、同氏は、この眼病の原因は有機燐系・カルバメート系農薬だと結論。無害が証明されるまで使用を中止すべきだと提言しています。
高度経済成長は、国民に公害病という代償をもたらしました。農村地帯においても、ヘリコプターで農薬を大量散布していた時代です。佐久の奇病に似た症状は、全国各地で報告されていました。佐久の奇病が水俣病やイタイイタイ病のように歴史に名を残さなかったのは、石川氏らの的確かつ迅速な判断と、権力に対峙した行動の賜物だったのでしょう。
記事から、石川氏の痛快な言葉を引用します。「農林省に大きな責任があるのはいうまでもない(中略)短期間の実験で"低毒性"などというスローガンで、無責任に放置した国策に、大きな問題がある」。
(「Medical Tribuneが報じた昭和・平成」企画班)
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